医師のAI研究を加速させる「AI開発支援プラットフォーム」を産学共同で開発
2021-4-26
富士フイルムと国立がん研究センターが共同開発。
左から小林氏,浜本氏,間野氏(以上NCC),
後藤氏,鍋田氏,桝本氏(以上富士フイルム)
富士フイルム(株)と国立研究開発法人国立がん研究センター(NCC)は,プログラミングなどの専門知識がなくても医師や研究者が人工知能(AI)技術を使ったソフトウエアを開発できる「AI開発支援プラットフォーム」を共同開発した。AIソフトウエアを開発する際の,プロジェクト管理,アノテーション,学習管理,AI実行といったプロセスをサポートする機能を提供し,医師や研究者は画像診断や研究などの本来の専門性にリソースを集中することができ,AIの研究開発を加速することが期待される。
2021年4月13日(火)に,国立がん研究センター中央病院で関係者が出席し共同記者会見を行った。NCCからは研究所所長の間野博行氏,医療AI研究開発分野分野長の浜本隆二氏,同研究員の小林和馬氏,中央病院から放射線診断科医長の三宅基隆氏,脳脊髄腫瘍科医長の高橋雅道氏が出席。富士フイルムからは取締役専務執行役員メディカルシステム事業部長の後藤禎一氏,メディカルシステム開発センター長の鍋田敏之氏,同IT開発グループ長の桝本潤氏が出席した。
挨拶した間野氏は,「現在,メディカルAIの開発にセンターを挙げて取り組んでいるが,その中でも画像解析や画像の自動認識は大きな発展が期待される。その実用化のためには企業との連携が必須であり,今回,医療画像分野で実績と技術力を持つ富士フイルムと共同で開発支援プラットフォームの構築ができた意義は大きい。これを第一歩としてさまざまな領域の画像AI開発に取り組んでいきたい」と述べた。それを受けて後藤氏は,「今回のAI開発支援プラットフォームは,国立がん研究センターの研究成果を基に,富士フイルムが培ってきた医療画像処理技術,AI技術など医療画像処理に関する知見を生かすことで実現できた。このプラットフォームが国内の多くの医師,研究者の役に立てるように,また,アカデミアの成果の社会実装という意味でも,今後,早期の製品化に向けて尽力していきたい」とコメントした。
最初に,浜本氏がNCCの中央病院と研究所が連携したAI研究プロジェクトの概略を説明した。NCCにおけるAI研究開発は,2016年の戦略的創造研究推進事業(CREST)における“人工知能(AI)を活用した統合的ながん医療システム開発プロジェクト”としてスタートし,2018年からは内閣府主導の官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)の“新薬創出を加速する人工知能の開発”プロジェクトがアドオンされて国家プロジェクト的に推進されてきた。NCCの特徴は,中央病院と研究所が一体化して連携し,患者のためのAI研究を進めていることで,PRISMプロジェクトでは,中央病院の17診療科,共同研究機関として富士フイルムなど8機関と連携している。また,NCCに蓄積されている膨大なデータを基に,その統合や解析環境の構築を進めている。その成果の一つとして生まれたのが今回のAI開発支援プラットフォームであり,浜本氏は「CRESTスタート時に,研究成果の5年以内の社会実装を目標としたが,今回,富士フイルムとともにそれを実現できたことは感無量だ。今後,このプラットフォームを基盤として医療AIの研究開発を加速していきたい」と述べた。
続いて,今回の開発プロジェクトを主導してきた小林氏が,医療AI研究開発の課題とAI開発支援プラットフォームの意義について概説した。
電子カルテシステムの普及で,病院ではテキストや画像,検査結果など膨大なデータが日々生成されているが,その多くは不均質で構造化されておらず,そのままでは医療AIの研究開発に利用できない。この非構造化データを構造化には,臨床医の専門的な知識に基づいた“アノテーション”が必要だが,そのための作業環境や業務負担がボトルネックになっていた。そこで,中央病院放射線診断科の三宅氏,渡辺裕一氏らを中心として,効率的なアノテーションのための支援ツールを臨床医の視点で開発を進めてきた。また,医療AIの開発サイクルの後段では,タスクに応じて学習モデルを設定してDNNを管理しながら学習を行い,さらにそのAIモデルを目的のタスクに活用するという流れがあるが,この過程を進めるには高度な工学的な知識や経験が求められ,研究の障壁の一つとなっていた。
今回の富士フイルムのとの共同開発では,アノテーションについてはNCCの開発したインハウスの研究ツールを,富士フイルムが持つPACSやAI技術のノウハウをベースにブラッシュアップ,さらに後段の開発サイクルについては高度なプログラミングの知識を必要とせずに,AIモデルの訓練やバージョン管理が行える機能を追加した。
NCCが開発したアノテーションツールは,画像上の関心領域のマーキングだけでなく,画像診断時に参照するべき周辺的な臨床情報を階層的に付与できる構造,アノテーション作業を効率化するAIモデルによるアシスタント機能などを実装していた。それに対して,富士フイルムは読影ビューワの「SYNAPSE SAI viewer」や3Dワークステーション「SYNAPSE VINCENT」で培った画像編集技術を用いてブラッシュアップ,使い慣れた操作性で直感的に作業できる環境などを構築した。アノテーションツールの開発にも取り組んだ三宅氏は,AI開発支援プラットフォームについて,「複数のスタッフによるアノテーションの管理やAIの訓練,学習済みAIモデルの評価などを,ソースコードを見ることなく直感的なわかりやすいインターフェイスで実行できる。従来,アノテーションやその検証,プロジェクト全体の管理などには膨大な時間がかかっていたが,今回のプラットフォームではその負担が大きく軽減された」と評価する。さらに三宅氏は,「AIのプログラミングの世界は日進月歩で,医師がそこまでカバーすることは現実的ではない。AI開発支援プラットフォームによって,医師が本来の専門性を発揮できる部分に専念できる意義が大きい。今後,医師のアイデアを反映した多様な医療AIが生まれることが期待できる」と述べた。また,高橋氏はAI開発支援プラットフォームを用いた脳腫瘍AIの開発経験から,「日々見ている臨床データと紐付けられた状態でプラットフォームが構築された意義が大きい。今後,例えば原発性脳腫瘍の種類を予測するようなAIの開発も期待できるのではないか」とこれからの可能性に言及した。
最後に小林氏はAI開発支援プラットフォームの今後の展開と期待について,「世界各国で医療ビッグデータ利活用のためのプラットフォームが動き始めているが,世界のプロジェクトに匹敵するような研究開発を展開していく。また,プログラミングなど高度な専門的知識を持たなくても医療AIの開発をすることができる。本邦の医工横断領域の人材不足を補い,研究開発力の大きな底上げが期待できると考えている」とまとめた。
AI開発支援プラットフォームについては,富士フイルムによって2021年度内にも市場に投入の予定である。
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●問い合わせ先
国立研究開発法人国立がん研究センター
研究所 医療AI研究開発分野
TEL 03-3542-2511
E-mail:[email protected]
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