“量子メス”の開発に向けて量研機構と民間企業4社が包括的な協定を締結
2016-12-13
10年後の実用化に向けて産官連携による
大型プロジェクトがスタート
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研機構)と,住友重機械工業,東芝,日立製作所,三菱電機の4社は,次世代の量子線がん治療装置の開発に向けた包括的協定を締結し,2016年12月13日(火)に都内ホテルで協定書の調印式を開催した。当日は量研機構から平野俊夫理事長,住友重機械工業・別川俊介代表取締役社長,東芝・綱川智代表執行役社長,日立製作所・中西宏明取締役会長兼代表執行役,三菱電機・柵山正樹執行役社長が出席し,開発協力協定の概要説明と調印式が行われた。
今回の協定では,量研機構と4社が協力して,超伝導コイル技術やパワーレーザー技術などで現在の重粒子線治療装置を大幅に小型化し,炭素以外のヘリウム,酸素,ネオンなどのマルチイオン照射を可能にした“量子メス”を開発,2026年をメドに実用化をめざす。現在の重粒子線治療装置は第3世代と位置づけられるが,加速器の小型化(2/3程度)とマルチイオン照射を可能にした第4世代,さらにパワーレーザー技術で1/10まで小型化し,病院建屋内に設置可能にした量子メスは第5世代となる。小型化による建設コストの低減と治療の高精度化によって,重粒子治療装置のさらなる普及とがん治療成績の向上をめざす。
調印にあたって,プロジェクトの概要を説明した平野理事長は,超高齢化によるがん患者の増加とQOLを考えた治療の必要性など高精度な放射線治療が必要とされる背景を説明し,前身の放射線医学総合研究所でのHIMAC(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba)建設など量研機構における重粒子線治療装置開発の取り組みについて概説した。その上で,今回開発する量子線治療装置は,小型化し高精度化することで外科手術に置き換わる治療になることを期待して“量子メス”と名付けたと述べ,今後開発が期待される分子標的治療や標的アイソトープ治療,免疫制御治療などの治療法と合わせてがん死ゼロを実現するものだと述べた。
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続いて平野理事長と4社代表による調印式のあと,各氏が今回のプロジェクトに対するコメントを述べた。最後に改めてコメントした平野理事長は,今回のプロジェクトには3つの意義があるとして,一つは量子メスの開発は将来的ながん死ゼロ社会を実現する大きな1歩であり,健康長寿社会に貢献できることだと述べた。さらに「重粒子線治療は日本が世界をリードする数少ない分野だが,今後世界で発展していくためには,この領域でトップの4社が連携して事業を進めることが不可欠である。さらに,量研機構としても単独で研究や開発を進めるには限界があり,産学官の日本のあらゆるインフラを連携することで単なる足し算ではない効果ができる。量研機構としても2016年からの新体制で新たな研究開発に向けた体制が整ったタイミングであり,今回の事業が日本の産業界の競争力を向上させるモデルケースとなることを期待している」とこれからの抱負を語った。
各社トップのコメントは次の通り。
住友重機械工業・別川俊介代表取締役社長「弊社は,放射線医学総合研究所所長で東京大学名誉教授の故・平尾泰男氏のご尽力で加速器にかかわる事業の扉を開けた。大阪大学核物理研究センターのAVFサイクロトロンをスタートにPET用の小型サイクロトロンの開発を進め,国内外で研究,医療用のサイクロトロンを供給するまでに成長した。それと同時期に治療用の加速器開発にも取り組み,1993年からスタートしたHIMACのプロジェクトに参加し第一世代のHIMACから第三世代まで装置の前段となる入射器の開発を続けてきた。また,陽子線治療装置,BNCT(中性子捕捉療法)の開発,商品化にも取り組んでいる。また,標的アイソトープ治療用の研究システムを福島県立医科大学に納入し,今後共同研究・開発を進めていく予定である。今回のプロジェクトは,企業・団体の枠を超えて新しい技術,人を育てる貴重な機会であり,これまでの知見を生かして技術課題に取り組んでいきたい」
東芝・綱川智代表執行役社長「重粒子線事業は世界の中でも日本が誇る先行技術であり,患者さんの負担が少なく治療効果も高いが,まだ稼働施設は少なく患者さんが恩恵を受けていない。設備が大型で建設コストが高いことが課題で,今回の包括協定によって軽量化,小型化,低コスト化が可能になれば,世界市場でも高い競争力を持つことが期待される。東芝は2016年1月に量研機構と共同開発した超伝導技術を用いた重粒子線用回転ガントリの発表を行った。ちょうど子会社の東芝メディカルシステムズ売却進行中のタイミングだったが,重粒子線事業については東芝本社で続けることを表明し開発を続けてきたが,それが今回のプロジェクトにつながった。回転ガントリは従来の半分の長さ,重量まで小型化,軽量化した画期的なものだが,そういった技術力だけでなくHIMACの時代から厳しい指導や叱咤を受けながらも,あきらめることなく継続して開発を続けたあくなき技術者魂がわれわれの誇りだ。今回のプロジェクトに当たっても技術力と技術者の魂を合わせて次世代のがん治療装置につなげていきたい」
日立製作所・中西宏明取締役会長兼代表執行役「日立製作所も陽子線を中心として粒子線治療装置については力を入れており,ワールドワイドで展開して現在12か所に納入している。米国ミネソタ州ロチェスターのメイヨークリニックでは,2015年8月から治療を開始し500人の超える患者の治療を終えている。1994年に完成したHIMACで得た知見を展開したプロジェクトであり,人の命を助けているという実感を得ている。今回,新たに次世代がん治療装置として量子メスの開発をめざすプロジェクトがスタートするということで,一も二もなく賛同した。これからの研究開発は大型になり,1企業,1研究所ではなく,民間と国が力を合わせて世界に貢献できる技術開発を行う大きな枠組みが必要であり,このプロジェクトがそのきっかけになることを期待している。各社が力を合わせるということは,リソースを共有し合い協力して実現することであり,このプロジェクトが成功につながるように尽力していく」
三菱電機・柵山正樹執行役社長「三菱電機は1994年のHIMACの建設に参画したが,その後,兵庫県立粒子線医療センター,群馬大学,佐賀県の九州国際重粒子線がん治療センターに炭素イオンによる重粒子線治療装置を納入した。そのほか,国内7か所に水素イオンによる陽子線治療装置を納入している。これらの施設では治療実績を積み重ねており,重粒子線のがん治療の効果を実証してきたと思っているが,やはり大型な装置であることや建設コストの問題は残っている。その中で,小型化,高精度化をめざす第5世代の量子線治療装置開発のプロジェクトがスタートするということで,われわれがこれまで各施設への導入などで培ってきた経験が役立てるのではないかと思い参画した。参画各社と協力しながら,がん死ゼロとQOLの向上を両立できるような治療方法や装置の開発に貢献していきたい」
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量子線治療装置は,HIMACなど臨床試験や治験に用いた大型治療装置を第1世代,群馬大学などに導入された臨床研究などを中心とする第2世代に続いて,現在は一般の保険診療など臨床を中心とする普及型の第3世代までが稼働している。今回のプロジェクトでは,協定調印を受けて量研機構と4社による運営委員会を立ち上げ,各社の役割分担や開発スケジュールなどプロジェクトの具体的なグランドデザインを作成する。スケジュールとしては,10年後の第5世代量子線治療装置である量子メスを完成させることを目標として,まず第4世代として利用可能な超伝導シンクロトロンとマルチイオン照射技術の開発を進め,現在の第3世代よりも小型(建屋で2/3程度の大きさ)で複数のイオンを照射可能な装置を2022年〜2024年までに開発,さらにパワーレーザー技術を利用することで装置を大幅に小型化(建屋で1/10程度)して病院の施設内に設置可能な量子メスとしての開発をめざす。
調印式に続いて行われた質疑応答で量研機構放射線医学総合研究所の野田耕司所長は,量子メスの導入コストについて「現在の第3世代の建設コストは約150億円だが,第5世代の量子メスでは装置が1/10になることで40〜50億円の削減が見込まれる。今後の研究開発費や導入コストがどうなるかは,まだはっきりとしないがトータルで80〜100億円程度になるのではないか」と見通しを述べた。
●問い合わせ先
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所
加速器工学部 白井
TEL 043-206-4028
E-mail:[email protected]
http://www.nirs.qst.go.jp
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