第35回「医療放射線の安全利用」フォーラム開催
2014-3-4
会場風景
医療放射線防護連絡協議会は2014年2月28日(金),タワーホール船堀(東京都江戸川区)にて第35回「医療放射線の安全利用」フォーラムを開催した。「福島原発事故後から求められる医療関係者の放射線教育とは」をテーマに,基調講演1題とパネルディスカッション5題,そして,指定発言2題を含む総合討論が行われた。東京電力福島第一原発事故後,放射線教育の重要性があらためて認識されているが,実際には医療従事者に対しても,卒前・卒後を通じて放射線教育はほとんど実施されていない。この現状を受け,今回は学校教育,医療職教育,社会教育など,さまざまな立場の講師を招き,各現場における放射線教育の問題点を整理し,今後の対応について討議が行われた。
会の冒頭,医療放射線防護連絡協議会総務理事の菊地 透氏(自治医科大学)が挨拶に立った。菊地氏は,福島原発事故の後,政治,科学技術,東京電力に対する国民の信頼が失われ,放射線防護の専門家への信頼も揺らいでいるが,復旧・復興は放射線教育なくしては成し得ないと指摘。人々の生命と健康を預かる立場の医療従事者に対して,これまで放射線教育があまり実施されてこなかったことは問題であるとし,今後の対策をフォーラムにて討論してほしいと述べた。
また,医療放射線防護連絡協議会会長の佐々木康人氏は挨拶にて,自身が委員長を務める日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクコミュニケーション分科会にて医学教育における放射線教育必修化などの提言を作成中であることや,復興庁が中心となり今年2月に作成された「放射線リスクに関する基礎的情報
」(PDF)を紹介。また,福島原発事故後は特に,患者の医療被ばくに対する誤解を招きやすい傾向にあるとし,医療被ばくの意味・特殊性について再認識し,広く知ってもらう必要があると話した。
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第Ⅰ部の基調講演では,神谷研二氏(広島大学大学院,広島大学原爆放射線医科学研究所)が「原発災害から医療従事者への放射線教育の課題」と題して講演を行った。福島原発事故後,広島大学は緊急被ばく医療体制における西日本ブロックの三次被ばく医療機関として,現地での支援活動を行ってきた。神谷氏は,その経験から原子力災害からの復興には,分野横断的な学際的知識を背景に,俯瞰的観点からグローバルなリーダーシップを発揮できる人材の必要性が明らかになったとし,2011年より広島大学大学院に設置された「放射線災害復興を推進するフェニックスリーダー育成プログラム 」(文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム 」2011年度採択)について,プログラム内容やカリキュラム,学生支援などについて説明した。
第Ⅱ部のパネルディスカッションでは,菊地氏が座長を務め,「原発災害の反省から求められる放射線教育」をテーマに5名のパネリストが発表した。
はじめに,高畠勇二氏(練馬区立開進第一中学校,前全国中学理科教育研究会会長)が,「学校教育に求められる放射線教育」をテーマに講演した。全国中学理科教育研究会では,2008年の学習指導要領改訂で放射線教育が復活したことを受け,教員研修を行うなど準備を進めていた。しかし,福島原発事故を機に状況が一変し,思想信条や社会の風潮,保護者の反応などにより,放射線教育の指導に抵抗を感じる教員が増えている実情を述べた。高畠氏は,今だからこそ“正しく怖がる”ための教育が必要であると指摘し,復興の基礎となる学校教育のあり方を述べた。そして,医療関係者・専門家に対しては,健康への意識を高める発言や放射線とのつきあい方についての発言,教員・保護者への影響力を持つ学校医を通しての知識・情報の伝達を求めた。
次に,欅田尚樹氏(国立保健医療科学院)が「医師に求められる放射線教育」をテーマに発表した。欅田氏はまず,医学部(医学科)における基礎放射線学教育が縮小している現状や,医学部教育における放射線教育の扱いについて紹介し,自身の母校である産業医科大学の放射線衛生学の教育カリキュラムを解説した。また,産業医科大学産業保健学部(看護学科)における放射線教育経験から,放射線に関する知識が乏しいと不安度が高くなる傾向が見られたことから,患者に対応する看護師の放射線に対する不安を解消するために,放射線教育が必要であると述べた。そして,誰もが正しく放射線のリスクを認知するために,立場上,発言インパクトが大きい医師が十分な正しい知識を持つことが重要であるとし,卒前卒後教育において一定レベルの知識共有を図ることが望まれるとした。
続いて,福士政広氏(首都大学東京健康福祉学部)が登壇し,「診療放射線技師の放射線防護教育」と題して発表した。診療放射線技師養成の教育形態や指導要領について説明した福士氏は,診療放射線技師の業務拡大法案が可決されれば,放射線安全管理学に関して科目と内容の追加が検討されるだろうと述べ,教育制度検討委員会による指導要領の改定に関する答申案を説明した。そして,首都大学東京を例に放射線安全教育の実態を説明した上で,特に実験・実習に関しては養成校によって差があることや,基礎学力の低下が問題であると述べ,放射線防護教育の充実の必要性を訴えた。
4題目に,吉田浩二氏(福島県立医科大学災害医療総合学習センター)が「福島原発事故後の関わりから見えた看護師の課題,そしてこれからの看護師放射線教育へ」をテーマに講演した。事故当時,長崎大学大学院に設置された放射線看護専門看護師養成コースに在学中であった吉田氏は,看護師として現地に入り,汚染傷病者への対応や院内の緊急被ばく医療の構築を行った経験から,被ばく医療における看護師の役割や課題について報告した。放射線災害時には,被ばく医療への対応だけでなく,住民への対応を迫られる看護師や保健師には,放射線に関する正しい理解・知識を持つことと,放射線災害特有の不安に対応できる人間性を育むことが求められると述べた。そして,看護師の放射線教育への提言として,基礎教育や実践的な教育に加え,放射線看護の専門家の育成が必要であるとし,人材育成の現況を紹介した。
最後に,麻原きよみ氏(聖路加看護大学)が「保健師に求められる放射線教育」と題して発表した。麻原氏らが取り組んでいる,原子力事故災害影響下の自治体住民に放射線防護文化をつくるための実践的研究から見えてきた,事故後に活動する保健師の苦悩と,その大きな要因となった放射線教育の問題点について報告した。福島県内自治体保健師を対象とした調査の結果を説明した上で,保健師に必要な現任教育(在職中の保健師に対する教育)・基礎教育のあり方を説明し,災害復旧期のカギとなる保健師に対して,負担過多とならないよう支援体制を整備しながら,今こそ放射線教育を早急に進める必要があると強調した。
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第Ⅲ部の総合討論では,大野和子氏(京都医療科学大学)が座長を務め,はじめに2題の指定発言が行われた。1題目に,毎日新聞社生活情報部の小島正美氏が登壇し,「マスメディアから:放射線リスクの誤解をどう解くか」と題して発言した。小島氏は,人々の物事に対するイメージや価値観はニュースの影響が大きく,原発事故後はメディアの誤報により,放射線に対して過剰なリスク感を持つ国民が増えた現状を説明。誤報は,放置されると連鎖することから,その状況を打破する方法として,1)メディア・リテラシー教育,2)主要メディアのバイアスを見つけて正しい情報の伝達に努める「メディアのメディア」を作る,3)誤報をメディアにフィードバックする,4)専門家がコミュニケーション能力を高めて正しい知識をわかりやすく伝える,5)行政や医療の専門家が自信と誇りを持つことを挙げた。
2題目は,NPO放射線安全フォーラム福島支援チームの多田順一郎氏が「原子力災害地から」をテーマに発言した。多田氏は,福島原発事故の健康影響への過剰な心配が引き起こした甚大な社会的影響は,これまでの放射線防護が放射線の心理的・社会的影響への対応を見逃してきたことに起因すると指摘し,臨床心理士や社会学者と放射線専門家の連携が必要であると述べた。また,戦後の平和教育による放射線への認識や,放射線教育を行ってこなかったことが誤解を助長し,社会的混乱をもたらしたとも述べ,被災地の復興のための放射線教育が重要であるとした。そして,福島県伊達市における放射線教育の取り組みを紹介し,医療従事者には,人々の不安に答える相談員の役割が期待されていると述べた。
指定発言の後,演者が登壇し総合討論が行われた。各発表から見えてきた放射線教育の課題や,会場から寄せられる意見・質問に演者が答える形で総合討論は進められ,さまざまな意見が交わされた。
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●問い合わせ先
医療放射線防護連絡協議会 (日本アイソトープ協会内)
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FAX 03-5978-6434
Email [email protected]
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