愛知県がんセンターと富士通,がん患者ごとの遺伝子変異に基づき治療薬の選択をAIにより支援するシステムを開発
様々な治療薬から効果が期待できる薬剤を検討可能に
2021-10-19
愛知県がんセンター(注1)と富士通(株)(注2)は,がん患者のがん種や多様な遺伝子変異(注3)に基づき,様々な治療薬から,効果が期待される薬剤をAIにより効率よく絞り込むことができるシステムを開発し,愛知県がんセンターの臨床現場における実証実験で,医師らによりその有用性を実証した。
現在のがんゲノム医療では,がん種およびがん細胞の遺伝子変異に応じた標準的な治療薬が選択されているが,がん薬物治療の専門医が自身の経験や知識,医学文献などのデータを駆使して,症例ごとに少しでも効果の期待できる治療方針を検討している。
今回開発したシステムは,外部の複数データベース内で様々な表現やルールによって管理されたがん種および遺伝子変異に対応した薬剤情報やその治療効果を評価する実験データなどを,愛知県がんセンターの治療薬選択のノウハウと,富士通のデータ統合AI技術を用いて,共通の表現やデータ形式に整理し,ナレッジグラフ(注4)に一元化する。これにより,様々な治療薬から,効果が期待できる薬剤の絞り込みが可能となる。
医師は,臨床現場での薬効の推定や,その根拠となるデータの探索などの時間を大幅に短縮でき,患者一人ひとりに見られる遺伝子変異に応じた薬剤候補を効率よく正確に提示することで,治療効果の向上と不必要な治療の回避が期待される。
愛知県がんセンターと富士通は,今後もAI技術のゲノム医療への適用を共同で推進し,がんゲノム医療の普及を促進していく。
●背景
近年,日本人の死因の第1位となっているがんについて,その新規患者数は増加傾向が続いており,年間100万人を超えるまでになっている。このような中,患者一人ひとりに,がんの遺伝子変異に応じた最適な治療を行うがんゲノム医療が注目されており,全国規模の体制整備が行われている一方で,遺伝子変異に基づき治療を行うゲノム医療専門医の不足が課題となっている。この課題に対して,専門医の育成プログラムの強化とともに,専門医に相当するレベルで診療を支援するAIなどの高度な技術の開発が求められている。
愛知県がんセンターと富士通は,2019年11月より,AI技術を活用したがんゲノム医療の加速に向けて,包括的な共同研究契約を締結(注5)し,臨床現場で活用できる技術やシステムの研究開発を進めてきた。
●システム概要
本システムは,外部の複数データベース内で様々な表現やルールによって管理されたがん種や遺伝子変異に対応した薬剤の情報と,その治療効果を評価する実験データなどを,愛知県がんセンターの治療薬の選定に関するノウハウと,富士通が開発したデータ統合AI技術により,共通の表現やデータ形式に整理し,さらにデータ属性に基づきデータ同士にリンクを自動付与(注6)して,ナレッジグラフの形に一元化する。これにより,様々な治療薬の中から,患者ごとに異なるがん種や多様な遺伝子変異に対して効果が期待できる薬剤の絞り込みが可能となる。
例えば,本システムに患者のがん種や遺伝子変異などの検査データを入力すると,治療効果が期待できる薬剤や薬効の度合いを示す客観的なスコアが出力され,がん種や遺伝子変異など条件を自由に変更しながら絞り込むこともできるため,患者に合った治療法を医師が定量的に効率よく判断することができる。
また,今後,本システムに,富士通の文献情報抽出AI技術(注7)を組み合わせることで,医師が治療薬として検討中の薬剤の効果について,過去の120万件を超える大量の医学文献から該当部分を瞬時に参照することができ,薬剤選択の妥当性の確認や作業の効率化が期待できる。
今回の実証実験において,愛知県がんセンターのエキスパートパネル(注8)で治療法などを検討されてきた約450人の患者について,本システムを用いて治療に効果的な薬剤の評価を実施したところ,8種の遺伝子変異に対して,標準的な治療薬を提示できることを確認した。さらに,様々な治療薬の中で,薬効の度合いを示す客観的なスコアや類縁のがん細胞の性質などからその治療効果が期待できる薬剤候補(注9)を導き出せることも確認できた。本システムで得られる結果により,医師は当該患者の遺伝子変異に基づいて,治療効果が期待できる薬剤とその薬効の程度について,様々なエビデンスを集約して検討することが可能になる。これにより,高度なゲノム医療の知識を持つ専門医でなくても治療薬の選択や新たな治療法の提案ができる環境が広く普及することが期待できる。
●今後の展望
愛知県がんセンターは,引き続き富士通と本システムにおける複数のデータベースからのデータ統合や出力の改良と検証を進め,がんゲノム医療の臨床現場への本格導入に向けて,簡便に利用できるシステムに発展させていく。また,本システムを通して,日々のエキスパートパネルにおけるより正しい治療選択をストレスなく効率的に行える情報統合環境を院内に整備し,さらなるがんの個別化医療の推進に努める。さらに,入力情報の追加による治験の開始や参加の判断,統合情報の研究的視点での解析による新たな創薬ターゲット候補の提案などへの活用も検討していく。今後も,結果の信頼性が高く利用者に優しいシステムへと改良することで,全国のがんゲノム医療を実施する病院においても利用が広がることを目指す。
富士通は,今後,臨床現場でのテクノロジーの実践を積み重ね,あらゆる人々のウェルビーイング(注10)な暮らしをサポートする「Healthy Living」(注11)の取り組みを推進していく。また,本実証実験の結果をもとに,電子カルテシステムなどから抽出される臨床データとゲノムデータをひもづけて新たな治療法を推奨するAI技術などを開発し,患者のQOL向上に寄与する様々なサービスの創出に取り組んでいく。
注釈
注1 愛知県がんセンター:
所在地 愛知県名古屋市 総長 高橋 隆。
注2 富士通(株):
本社 東京都港区,代表取締役社長 時田 隆仁。
注3 遺伝子変異:
遺伝子の一次構造に生じた変化。
注4 ナレッジグラフ:
論文や研究成果などテキストで表現される情報を集め,互いに関連する情報同士を接続したグラフ構造データ。
注5 包括的な共同研究契約を締結:
「愛知県がんセンターと富士通研究所,がんゲノム医療を加速するAI技術の開発に向けて包括的な共同研究契約を締結」(2019年11月29日プレスリリース)
注6 データの属性に基づきデータ同士にリンクを自動付与:
「世界中で公開されているオープンデータへのリンクを自動的に付与する技術を開発」(2014年1月16日プレスリリース)
注7 文献情報抽出AI技術:
「新しいAIによるがんゲノム医療の効率化を東大医科研との共同研究で実現」(2019年11月6日プレスリリース)
注8 エキスパートパネル:
患者のがん遺伝子の変異を解析した検査結果を検討し治療方針を決定する専門家会議。
注9 治療効果が期待できる薬剤候補:
一例として,BRAF遺伝子に変異G466Vがある場合,特定条件下でEGFR阻害薬が効果的であるという結果が得られた。
注10 ウェルビーイング:
生活者に身体的,精神的,社会的に良好な状態を届けること。
注11 ウェルビーイングな暮らしをサポートする「Healthy Living」:
富士通の事業をけん引する7つの重点注力分野のひとつ。
●問い合わせ先
愛知県がんセンター
研究所長 井本 逸勢
TEL 052-762-6111(内線7000)
E-mail:[email protected]
富士通(株)
研究本部 人工知能研究所
E-mail:[email protected]