COVID-19で加速した院内コミュニケーションのDX
具伊 和之(医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 デジタルコミュニケーション室)
2021-3-3
湘南鎌倉総合病院では,神奈川県が設置した臨時医療施設で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の診療を行っている。診療の中では,非接触コミュニケーションツールとしてiPadを導入し,スタッフ間の情報共有を図っている。同院の取り組みについて,具伊和之氏が紹介する。
湘南鎌倉総合病院の紹介
湘南鎌倉総合病院は,「絶対に断らない」をモットーに医療に取り組んでいる。2020年5月から神奈川県が開設した中等症向け新型コロナ臨時医療施設の仮設病棟を委託運営しており,24時間体制でコロナ陽性患者を受け入れている。(図1)。
臨時医療施設におけるiPadの導入
臨時医療施設の病棟はB~Fの5つの建物で構成(図2),すべての病棟が,入院患者の病室があるレッドゾーンと医療者が待機するグリーンゾーンに分かれており,2つのゾーン間では非接触コミュニケーションツールとしてiPadを活用している(図3)。
臨時病棟で運用するタブレット型端末にiPadを選んだ理由は,職員への操作教育の手間が省けるためである。多くの職員が日常的にiOS(iPhone)を使用していることもあり,「すぐに使えるデバイス」としてiPadの導入が決まった。臨時病棟開設時にスタッフにiPadを手渡して伝えたことは,「レッドゾーンとグリーンゾーンにiPadを設置しているので,FaceTimeでコミュニケーションしてください」の一言のみである。現在130台のiPadを使用しているが,これまで操作方法についての問い合わせは一度もない。
iPadの活用の実際
1.非接触コミュニケーションの広がり
患者と職員,職員と職員の非接触コミュニケーションを目的としたiPadであったが,日常的にデジタルモバイルデバイスを活用することで,職員自らが普段の業務のデジタル化を提案し,院内のデジタルトランスフォーメーション(DX)が広がりを見せた。その一つは,臨時病棟における退院患者アンケートのデジタル化である。これまでは手書きのアンケート用紙を退院時に配布し,回収後に事務職員がExcelに手入力するという作業が発生していた。これを患者自身がiPadを使い,当院が自作したアプリで回答する仕組みを取り入れた。回答結果はグラフとして可視化され,「食事の充実度」「夜間の騒音」「ナースコールを押してから到着までの時間」など,サービスの質をリアルタイムで把握ができるようになった(図4)。
アンケート項目もこれまでの当院独自で定めていた10問から,JCI(Joint Commission International)の第7版に対応した患者経験(PX)に準じた40問にアップデートした。設問数増加に伴い回答率の減少を懸念したが,2019年1年間の紙のアンケート回収率43.7%とほぼ同率の43.3%という結果になっている(図5)。
今後,Webフォームが習慣化することで,これまで以上の回答率の増加を見込んでいる。この臨時病棟のWebアンケートは2021年1月から病院の本館でもテスト運用をしており,年内の早い時期に全退院患者での実施を計画している。
2.院内コミュニケーションの変化
当院では,全職員が利用する院内SNSのWorkplaceを2018年6月から導入し,患者の個人情報を扱うことを禁止した上で運用している。コロナ禍において非接触コミュニケーションが求められる中で,院内SNSが職員の感染リスクを低減する上で効果を発揮したツールの一つだと考えている。
2019年までは役職者を中心に利用が広がっており,一般職員の利用率はやや低迷していたが,COVID-19によって2020年4月から利用者が急増。現時点で全職員の80%以上が利活用している(図6)。Workplace上では,グループ作成,メンバー構成は制限なくだれでも自由にでき,2020年12月現在でグループ数は450を超えている。特に,薬剤師・リハビリ室のセラピスト・臨床検査技師などのコ・メディカルにおいては,部署内のすべての職員が利用しており,Workplaceが重要な情報伝達手段の一つになっている。リハビリ室からは,これまで対面で行っていた部署朝礼をWorkplaceに移行し,勤務時間の短縮につながったとの報告もある。
2020年度の新入職員は,COVID-19の影響で親睦を深める場が設けられなかった。そのためWorkplace上に4月入職者グループを作成したところ,おのおのが自己紹介し合い,趣味の写真を上げたりし,オンライン上で交流が深まった(図7)。結果,リアルにつながる円滑な人間関係がスムーズに形成されたと感じている。
さらに,職員間チャットも大きな伸びを示したツールの一つである(図8)。チャットツールのアクティブ数は2019年から約300%以上の伸びている。職員個別のコミュニケーションだけでなく,経理課からの精算完了のお知らせも原則チャットを用いて各職員に通知している。また,サードパーティのチャットボットも組み込み,職員向けアンケートもオンラインで実施。例えば,医師を対象とした臨時病棟での勤務希望調査も,すべての医師にチャットボットで一斉送信し,それぞれの医師は勤務に入れるか手元のスマートフォンから「Yes」「No」ボタンを押すだけで意思表示が可能となり,速やかに勤務体制の構築が可能となった。
3.院内のCOVID-19対策会議を職員向けにライブ配信
当院では毎朝,幹部と所属長が集まっての合同ミーティングを行っているが,臨時病棟で勤務するスタッフも参加し報告ができるようオンラインでつなぎ,同時にその様子を毎日,院内SNSでライブ配信している(図9)。
院内各部署での感染対策,臨時病棟の運営の現況・課題,マスクやゴーグルを中心とした消耗品の備蓄状況など,院内の現状を共有し課題をオープンにした。議論のプロセスを透明化することで,スピードを緩めることなく課題解決,組織の迅速な意思決定に寄与したと考えている。なお,ライブ放送は同時録画されており,過去のすべてのビデオミーティングはアーカイブとして閲覧できるようになっている。
今後の展望
COVID-19によって社会のデジタル化が大幅に加速した。これまで病院のデジタル化は一般企業と比べて4,5周以上の周回遅れと言われていたが,当院は3週遅れ程度になったと感じている。
これまではシステムの導入そのものが目的と化し,「どう業務を改善したいのか」という視点が抜け落ちており,職員からの「こういうシステムがほしい」という声を聞く機会が少なかった。今回のCOVID-19によって職員の業務のデジタル化に対するハードルが下がり,デジタルを活用する機運が大きく高まっている。このチャンスを逃すことなく,形だけでない本当のDXを展開していきたいと思う。
そのために,(1) デジタルツールになじみのない職員にも使用できる「多様性のあるツール」の選択,(2) 利用者が迷わない・操作しやすいUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス)のデザイン,(3) 現場の職員の意見を聞きながら改善し続けられる「持続可能なシステム」の導入,この3つを院内DXの基本方針として,今後も断らない医療を継続すべく院内のデジタル化を進めていく。
(ぐい かずゆき)
2000年茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)に入職。院内SEを担当。その後,医師採用としてデジタルを活用したリクルートに取り組む。2017年湘南鎌倉総合病院に転属。2020年に同院デジタルコミュニケーション室を立ち上げ,情報系ネットワークにおけるDX推進を図っている。
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