iPhone・iPadを活用した遠隔診断で脳卒中に挑む
高尾 洋之 氏(東京慈恵会医科大学脳神経外科)
2010-12-20
高尾 洋之 氏
医療関係者からも大いに注目されるiPhoneやiPadなどのモバイルデバイスが医療にどのような影響を与えるのか。シリーズ第2回は,iPhoneやiPadによる急性期脳卒中の遠隔診断・治療補助システム「i-Stroke」について,東京慈恵会医科大学脳神経外科の高尾洋之氏が解説する。
■脳卒中領域で注目される“治療までの時間”
現在,脳卒中領域において,治療までの時間が大きく注目されている。脳卒中の中でも,血管が詰まり生じる脳梗塞は,治療までの時間が重要である。3時間以内であれば,rt-PAという血栓溶解剤が使用できる。また,2010年より認可が下りた血栓除去デバイスであるMerci Retrieverなどは,8時間以内であれば,脳梗塞の原因である血栓を血管内から除去できるデバイスである。欧米では2003年より臨床で使用されており,近年,その有用性が臨床研究により報告されている。治療までの時間がかかれば,時間が経つほど脳の機能は失われるということを意味する“TIME LOST IS BRAIN LOST”というスローガンで,全米脳卒中協会では啓発活動を行っているほどである。
しかし,日本の医療体制では,時間に対する認識はまだまだ乏しいものがある。脳卒中専門医が24時間体制で毎日当直している病院は少ない。また,救急車の搬送と病院までの受け入れ時間が長くなることもあり,救急医療体制は,まだまだ問題が山積である。
■「誰でも,いつでも,どんな場所でも」情報を取得
脳卒中医療において,患者受け入れ体制や正確な早期診断をすることはきわめて重要であると考えている。そこで,われわれの大学が取り組んだプロジェクトが,新たな遠隔診断・治療補助システムの開発である。2009年10月より取り組みを始めたプロジェクトで,院内・院外のどの場所にいても患者情報を取得することができ,また,そのシステムを用いることにより多くの専門医の診断・意見を仰ぐことができるというコンセプトによる,まったく新しい医療情報システムの構築である。まずは,近年その発展がめざましい携帯情報端末を用いて,情報を「誰でも,いつでも,どんな場所でも」受け取れることを第一目標にして,遠隔診断・治療補助システム「i-Stroke」を携帯電話(スマートフォン)アプリケーションソフトとして開発を行った(図1)。緊急時に必要な画像を必要な時に,高いセキュリティシステム(VPN:Virtual Private Network)のもと,各モダリティ(CTやMRI,DSA等)から簡単に,かつ速やかに閲覧することができるように開発を進めた(図2)。 また,いままでできなかった三次元画像を自由に再構築して閲覧できるというシステムも搭載されている。これらの機能を実現させるため画像保存通信システム(PACS:Picture Archiving and Communication System)の開発を行った富士フイルム社 と共同研究 を行い,どんな状況下でも画像を高速に転送し見ることをめざしている。
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■チーム医療のためのStroke call機能を搭載
このシステムは従来の遠隔画像診断システムとは違い,一歩治療補助に踏み込んだ新しい画像診断・治療補助システムである。 i-Strokeは,画像配信だけではなく,患者が来院した時にすべての医療従事関係者(医師,看護師,医療事務者等)に同時に知らせる機能“Stroke call”がある。脳卒中医療において,チーム医療を生かすために重要な機能であり,全員にコールする時間を短縮することができる。このシステムの機能の中には来院してからの時間も表示されたり,時間的経過表示が可能であったり,その時点で患者に施されている検査や画像結果などがリアルタイムにわかるので(タイムライン表示),脳卒中医療従事者全員が同じ情報を共有して迅速に対応することができる。
■病院間ネットワークへの応用も
われわれの経験では,遠隔診断・治療補助システムであるi-Strokeの導入によって,当直医が1人でいても,さまざまな医師の診断を聞くことができ,その治療方法を相談できることは予想以上に大きな意味を持っていた。治療選択肢の多い脳卒中の治療では,1人で判断するよりも,各専門医・指導医に治療の判断を委ねる可能性が高い。これらの時に,瞬時に画像が各専門医・指導医の手元で閲覧できることによって,言葉だけで伝わらない画像所見の情報が得られる。また,医療情報も同時に送られているので,判断が院外にいても行うことが可能であった。
2011年初旬には,病院間でのネットワーク構築にも応用したいと考えている。ほかの病院からの画像による治療コンサルトおよび紹介システムや患者情報(血圧,既往,内服薬など)を患者の携帯電話で所持するなどのシステム構築にまで発展させる予定である(図3)。
■医療が抱える問題の解決につなげる
われわれが開発した遠隔診断・治療補助システムにより,患者の診断・治療が迅速に行われ,少しでも治療できる患者が増加できる可能性があると考えている。1人でも多くの患者の救命につながり,脳卒中医療のめざましい発展に寄与できることを期待している。遠隔診断・治療補助システムを導入することにより,誤診予防の改善や現在のたらい回しの問題に少しでも役立てることができる可能性が出てきている。そして,脳卒中の患者を1人でも多く救うことで,国全体の医療費の軽減などにつながっていき,医療全体が良い方向へ進むことを願っている。
◎略歴
(たかお ひろゆき)
2001年東京慈恵会医科大学医卒業。同大学医学部附属病院初期研修。その後,同大学脳神経外科に入局。同大学臨床大学院へ進学。2008年に同大学助教。2009年脳神経外科専門医取得,2010年脳血管内治療専門医取得,また学位取得。現在,東京慈恵会医科大学脳神経外科助教として臨床および研究に従事している。主な研究内容として,温度可逆性ポリマーの液体塞栓物質への応用,脳血流のコンピュータ解析(CFD)の臨床応用,脳動脈瘤計測ソフト「Neurovision」の開発,ITを用いた遠隔診断・治療補助システム「i-Stroke」の開発。
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