キーパーソンに聞く Vol.2
医療従事者,学会,行政との対話を進め,画像医療システムのデジタルトランスフォーメーションを推進していく
一般社団法人 日本画像医療システム工業会
山本章雄 会長
2020-8-31
一般社団法人日本画像医療システム工業会(JIRA)では,2020年6月の定時社員総会において,新会長に山本章雄氏が選任された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が医療現場に大きな打撃を与え,JIRAの会員企業も影響を受けている。このような状況の中,デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速することが重要だと説く山本会長に,コロナ禍におけるニューノーマル時代の画像医療システム産業の行方をお聞きした。
COVID-19の感染拡大を踏まえ,医療従事者,会員企業を支援
——COVID-19の感染拡大による画像医療システム産業への影響についてお聞かせください。
山本会長:社会保険診療報酬支払基金の統計月報を見ると,2020年4月,5月の金額が前年同月比10%強の落ち込みを見せていて,医療機関の経営は非常に厳しい状況にあります。手術の抑制や空き病床確保による病床稼働率の低下,さらには外来の減少など,さまざまな要因で医療機関の経営に悪影響が出ているようです。それにより画像医療システム産業も少なからぬ影響を受けています。装置別に見ると,移動型X線装置(回診車)については,ベッドサイドでの撮影が増えていることからニーズが高まっていますが,それ以外のCT,MRI,超音波診断装置などはポジティブな数字は出ていません。
医療機関では感染防止対策のために取引業者の立ち入りを制限している施設も多く,会員企業からは,施設に赴いての装置のメンテナンスや商談に支障を来しているという声が聞かれます。また,会員企業の製造現場ではサプライチェーンも影響を受けています。一時期は,海外からの物流が滞ったため資材を調達できず,製造が困難になる企業も出ておりました。5月25日に政府の緊急事態宣言が解除されたことで,このような厳しい状況からの改善が見られていますが,国内では第二波が到来し再び感染者数が増加し始め,海外でも感染が拡大していることから,予断を許さない状況です。JIRAとしても,国内外の状況を注視しながら,医療従事者,会員企業の皆様のお役に立ちたいと考えています。
——JIRAとして具体的に会員企業に対してどのような取り組みをしていますか。
山本会長:会員企業は中小規模が多く,医療機関への訪問が制限されているなど,営業活動が困難になっているという課題を抱えています。JIRAとしてはまず,これらの企業に対して,学会や医療関連団体が発する画像診断機器に関連する感染症対策情報,国・自治体が実施する対策や事業支援に関する情報などの提供を行っています。JIRAは長年,行政と連携をしており情報も得やすいので,それをいち早く会員企業に伝えるとともに,コロナ禍においても医療現場を支える企業活動を継続できるよう,医療現場や会員企業の声を集め,産業界として関係省庁へ要望を伝えることが私たちの重要な役目です。
また,これを支えるJIRAの部会,委員会の各委員は会員企業の方々が務めています。そこで,委員の負担を軽減するため,委員会活動のオンライン化を図り,活動の質を維持し高めながらも,感染防止に努めています。
会員企業と医療従事者,学会,行政をつなぐハブとなりDXを推進
——COVID-19対応など厳しい状況の中でのJIRA会長就任の抱負をお聞かせください。
山本会長:JIRAでは,画像医療システム産業の将来像とその実現のための目標を定めた「JIRA 画像医療システム産業ビジョン 2025」を2019年4月に公表しました。新延晶雄前会長に引き続き,このビジョンの実現に取り組んでいきます。しかし,COVID-19の感染拡大によって,ビジョンを策定した時から医療だけでなく社会全般が一変しました。そこで,私としては,ビジョンの基本方針はそのままにして,“ウィズコロナ”“ニューノーマル”の時代に則したアプローチをしていく必要があると考えています。
ビジョンには,画像医療システム産業のめざす姿として,(1)社会の変化に先駆けた世界をリードする医療イノベーションを実現する,(2)革新的なデジタル技術の活用により,医療の質向上と医療機器産業拡大に貢献する,(3)日本の優れた医療,医療システムを世界に提供し貢献する,(4)社会・自然環境の変化に適応したシステムの提供により,安全・安心で安定した医療を実現する,の4つを掲げています(図1)。これらをめざす上で,COVID-19の状況を踏まえつつ,実行する順番や注力すべき取り組みの強弱をつけることが大事です。特に,私自身が重要だと考えているのが,(2)の革新的なデジタル技術の活用です。COVID-19によりテレワークを導入している会員企業もありますが,すべての企業が導入できているわけではありません。また,企業内でも製造部門やサービス部門などテレワークが難しいセクションがあります。しかし,デジタル技術を活用しDXを推し進めることで,これらのセクションでも一部の業務をオンラインに移行することが可能なはずです。また, 医療現場においてもDXを進めることで,患者である国民・そして医療従事者にとっても, より良い医療を実現できるのではないでしょうか。
——ビジョンを進める上では,医療従事者,学会や行政との連携も重要になります。
山本会長:JIRAの役割として重要なのは,会員企業と医療従事者,学会,行政をつなぐハブになることです。私自身は,このハブの役目を果たすために多くの時間を割きたいと思っています。ビジョンの実現に向けては,JIRAの取り組みについての語り部が必要なので,私がその語り部となって情報を発信していきます。さらに,情報発信だけでなく,医療従事者,学会,行政の方々と本音で話し合えるようにすること,その雰囲気をつくることも,私に求められている役目だと考えています。
技術革新をサポートするのがJIRAの役割
——JIRA市場統計では,近年,国内市場がほぼ横ばいとなっていますが,今後の見通しをお聞かせください。
山本会長:画像診断装置の歴史を振り返っても,新しい技術により見えなかったものが見えるようになったといったブレイクスルーがあった時に市場が大きく成長します。その後,画質の向上やワークフローの改善が図られることで市場が伸びて,そして成熟していきます。超高齢社会のいっぽうで人口減少も進行し,また診療所は増えているものの病院は減少しており,国内市場の大きな成長は難しいかもしれません。しかし,技術革新はいつどのように起こるか読めませんが,今までにない新たな技術が生まれ,飛躍的な発展をする可能性は十分にあります。AIの発展も含めてビッグデータを扱いやすい環境となり, 画像医療の分野でこれまで見えなかったものが見えるようになるのでは, と私は大きな期待をしています。会員企業にはぜひがんばっていただきたいです。そして,その技術革新を後押しするのも,JIRAの大切な役割です。
——第105回北米放射線学会(RSNA 2019)のAI Showcaseには約140社の出展企業中,人工知能(AI)を開発する日本企業がわずか1社しかありませんでした。海外に比べ日本企業の革新性についてどのようにお考えですか。
山本会長:私は日本企業も十分な革新性を持っていると感じています。AI技術の適用が期待されている画像診断領域では,学会,医療関係者,産業界などが連携を強めて研究が加速されています。行政も戦略を立てて施策を講じています。しかし,研究成果を製品やサービスといった形にして医療現場に提供するといった,いわゆる社会実装については,現在の日本の環境下では海外に対して遅れをとってしまうという問題意識を持っています。
JIRAとしては医療機器の規制や承認・認証までのプロセス,AI開発に必要なデータを収集する法制度などAI技術の開発環境を新しい技術にあったものに対応していく必要があり,行政とも対話の場をいただいています。今後もJIRAとしても引き続き行政に積極的に提言して,日本国内のAI開発環境の整備の促進や速やかな社会実装の実現に向け会員企業をサポートしていきます。
——2025年に向けたビジョンの中でも「日本の優れた医療,医療システムを世界に提供し貢献する」とありますが,革新的な医療機器を世界に展開することについては,どのようにお考えですか。
山本会長:医療は文化的な側面もあり国ごとに制度や慣習が異なりますが,国際的なルールを整備し,その中で日本の企業も開発を進めていけば,革新的な技術を速やかに世界へ展開することも可能です。JIRAでは,米国,欧州,カナダといった国・地域の工業会とともに,DITTA(Global Diagnostic Imaging Healthcare IT & Radiation Therapy Trade Association)を組織し,国際的な工業会活動を行っており,規制の国際整合などに向けて取り組んでいます。国や地域によって異なる規制を整合化することにより,それぞれに異なっている規制に応じて医療機器を開発・製造することなく,コストを抑えて,国際展開しやすくなります。今後もこのような活動を進めることで,会員企業の国際化を支援していきます。
より良い画像医療システムに向け対話と協力を
——2025年に向けては革新的なデジタル技術の活用が重要とのことですが,医療現場にどのように普及させていくべきとお考えでしょうか。
山本会長:デジタル技術は,ビジョンに掲げた4つの画像医療システム産業のめざす姿のベースになる重要なものです。しかし,これまで医療におけるデジタル技術は,一つひとつの技術が個別に発展し,臨床応用されてきたという印象があります。例えば,AIならば画像診断での病変の検出を行うソフトウエアなどの開発が進んでいますが,それ単体では臨床現場で十分なメリットを得るのは難しいと思います。AIやIoTなどのデジタル技術を個別に進化させるのではなく,個々の技術を包括的に組み合わせ,連携させることができるようにすることが大切です。また,国民医療費の適正化を進める一方で,医療機関は経営の効率化・安定化を図ることが求められています。一般企業がDXによる経営改善を進め成果を上げているように,医療機関も積極的に取り組まれていくものと思います。JIRAとしても今後,行政や学会,国民の皆さんと議論をしながら,医療のDXに貢献してまいります。
——画像医療システム産業の将来像についてお聞かせください。
山本会長:画像診断装置は病気を可視化(ビジュアリゼーション)するものですが,今後はそれだけにとどまらず治療の支援をするガイド機能が発展していくと思います。すでに,治療支援の技術は進んでいますが,将来的にはより治療との融合が進んでいくでしょう。また,病気を早期に発見する技術も発展していくはずです。これは単に画質の向上といったことだけではなく,ビッグデータやAI,IoTなどのデジタル技術を用いて,生活習慣に関するライフログ,あるいはゲノム情報と医用画像とを組み合わせて,画像診断装置だけでは見えないものも可視化できるようになると期待しています。
——最後に読者に向けてメッセージをお願いします。
山本会長:COVID-19の感染拡大が続く中,医療従事者の皆様には改めて感謝と敬意を表したいと思います。JIRAとしても皆様のお役に立てるよう活動してまいります。その上で,将来に向けて臨床現場で役に立つ画像医療システムの実現をめざします。それが,画像医療システム産業のさらなる発展につながるはずです。そのためにも,今後も医療従事者の方々,学会や行政の方々と引き続き対話をしてまいりたいと思います。
(2020年7月29日取材)
(やまもと あきお)
1984年東京大学大学院工学系研究科電気工学専門課程修了後,株式会社日立製作所入社。2014年に日立メディコ代表取締役取締役社長。その後,日立製作所ヘルスケアビジネスユニットCOOなどを歴任し,2019年に同社理事ヘルスケアビジネスユニットCEO。2014年からJIRA副会長を務め,2020年から会長。ほかに,一般社団法人日本ラジオロジー協会(JRC)副理事長,一般社団法人Medical Excellence Japan(MEJ)理事を務める。
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