GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021
2022年1月号
GE Healthcare Japan Edison Seminar 2021 Series 2
【癌】セラノスティクスと標的アイソトープ治療
東 達也(量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所分子イメージング診断治療研究部 部長)
本講演では,標的アイソトープ治療(targeted radioisotope therapy:TRT)の現状や最新のα線核種製剤の開発状況,セラノスティクスの課題と展望について解説する。
TRTの現状とα線核種の登場
セラノスティクス(Theranostics)は,治療(Therapy)と診断(Diagnosis)からの造語で,病変の位置や性質を診断し,適格性を判定した上で治療を行うという概念を示す。核医学分野では,γ線核種やPET核種などのイメージング用放射性核種製剤で事前に適格性を判定し,β線核種やα線核種などの治療用核種に付け替えて治療を行う。これをTRT,RI内用療法などと呼んでいる。
TRTでは近年,新しい核種や製剤が次々に導入され,神経内分泌腫瘍に対する177Lu-DOTATATEが2021年6月に製造販売承認を取得したほか,褐色細胞腫・パラガングリオーマに対する131I-MIBGが2021年9月に製造販売承認を得た。さらに,米国食品医薬品局(FDA)は177Lu-PSMA-617による去勢抵抗性前立腺がんに対する治療を画期的治療薬(BTD)に指定,国内でも治験が準備中である。
現在,わが国では放射性医薬品の国産化をめざした措置も行われており,量子科学技術研究開発機構(QST)では難治性脳腫瘍に効果が期待される64Cu-ATSMをGMP準拠製造し,国産放射性治療薬として国内初の治験を国立がん研究センターなどと共同で行っている。
TRTは,粒子の運動エネルギーによりがん細胞のDNA損傷・切断を行い,細胞死を誘導する。抗がん剤と異なり一定の血中濃度は不要な上,薬剤濃度はマイクログラム単位で,自覚症状のある副作用がない。また,飛程範囲のみに照射すれば副作用を最小限に抑えられる。
特にα線は通常の外照射やβ線の電子の約7200倍重く,二重鎖切断がより強く誘導される。加えて,飛程範囲ががん細胞数個分と非常に短く,遮蔽が容易で治療病室が不要なことも大きな利点である(図1)。2016年に国内初のα線放出TRT治療薬として承認された223Raは,β線を放出する89Srが疼痛緩和のみであったのに対し,予後改善が見られ,承認翌年だけで4000例以上の治療が行われている。現在は骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんのみが対象だが,今後ほかのがん種でも適応となる可能性がある。
期待されるα線核種とその特徴
225Acについては,2016年にPSMA製剤による末期転移性前立腺がんの完全奏効例が報告されている。しかし,核燃料由来の229Thジェネレータからの抽出法のみが225Acの製造法として実用化されて,229Thを保有するのは一部の国に限られるため,225Acは世界的な供給不足の状態にある。国内ではQSTが,廃棄物である226Raを原料とする加速器による試験製造に日本メジフィジックス社と共同で成功した。該社は創薬拠点「CRADLE棟」を千葉県に竣工しており,国内でも225Acの製造の本格化が期待される。211Atは半減期が7.2時間と非常に短く,壊変途中の211Po X線によりイメージングも行える。QSTは,垂直照射法システムによる211Atの安定的な製造に成功した。現在,悪性褐色細胞腫に対する211At-MABGの開発研究を行っている。
セラノスティクスの課題と展望
2000年以降,国内で保険収載または製造販売承認された放射性医薬品は,すべて海外開発薬剤の後追い承認として上市されている。これは,日本独自の放射線規制や薬事承認体制の厳しさなどによると考えられる。TRT薬剤の応用に向けては,製造技術や線量評価などの安全性,コンパニオン診断などの技術面に加え,法規制や普及,標準化などの社会的なイノベーションも必要となる。
TRTの線量評価については,現状では個別の照射計画がなく,投与量が体重あたりで一律に規定され,診断医が肉眼的に照射野を判断するなど,外照射に比較し遅れている。そこでわれわれは,標的アイソトープ治療線量評価研究会を立ち上げた。一方で,半導体PET/CT装置「Discovery MI」(GE社)のような最新鋭の診断機器による線量評価の発展・普及も期待される(図2)。また,トレーラーハウス型移動式RI治療施設(MCAT)プロジェクトにより,より安価で簡便なRI治療設備の普及が可能であると考えている。
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