FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.48

小児科 部長/経営企画室 室長 山本康仁 氏

Case 45 東京都立広尾病院 院内の情報を集約・解析し診療判断を支援する,高速でリアルタイム処理が可能な診療支援システムをFileMakerで構築

山本康仁 氏

山本康仁 氏

東京都渋谷区の都立広尾病院(病床数408床)は,1895(明治28)年設立と都立病院の中でも歴史が古く,現在は救急医療,災害医療,島しょ医療,心臓病・脳血管疾患,外国人医療などを担う。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療では,東京都の新型コロナウイルス感染症入院重点医療機関として,多くの患者を受け入れてきた。同院では,基幹の電子カルテシステムとは別に診療判断支援を行う独自の医療DXシステムをClaris FileMakerプラットフォームで構築している。その医療DXを担っているのが小児科部長/経営企画室室長の山本康仁氏だ。アフターコロナで医療機関にも新たなステップが求められる中で,FileMakerプラットフォームの特徴を生かし医療DXに取り組む同院の最新動向を取材した。

院内のデータを収集・解析し診療支援を行う「HiPERシステム」

同院では,電子カルテシステム,RIS,PACSなどさまざまな院内システムと接続して,データを取り込んで解析することで診療支援を行う「HiPERシステム」を2004年から構築し,機能を追加しながら継続運用している。このHiPERシステムの構築をはじめ,同院でのIT化,DX化を担っているのが山本氏だ。現在は日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)の代表を務め,日本クリニカルパス学会や日本医療情報学会などでも幅広く先進的な取り組みを発表している。
Claris FileMakerプラットフォームを活用して開発されているHiPERシステムは,電子カルテシステム「HOPE EGMAIN-GX」(富士通製)をはじめ,放射線,病理,内視鏡などのレポート,手術記録,麻酔記録,救急の初療記録,病棟の生体情報モニターや心電図などのデータ,生理検査や放射線の検査情報,放射線治療,重症系システムといった部門系システムなどと接続。そのデータを取り込んで情報の補完や再構築などを行い,その結果を提示して診療や医療安全,病院運営など,さまざまなシーンで判断支援のための情報を提供する「診療判断支援システム(Clinical Decision Support System:CDSS)」である。
HiPERシステムが求められる理由を山本氏は,「電子カルテは,真正性を担保して記録を保管することが第一の目的です。そのため,実際の診療目的や医療安全の観点からは,機能が不足していたり,使いにくい点があります。また,患者の取り違えを防ぐため一覧性が弱い,検査結果に応じてリアルタイムにアラートを出すといった即時性が不得意です。そこで,当院では電子カルテは主に入力を目的として使用し,参照系を中心に電子カルテの不得手な部分をHiPERシステムでサポートしています」と述べる。

正規化できない大量データの高速処理にFileMakerを活用

HiPERシステムでは,診療支援のための情報をリアルタイムに適切なタイミングで提供するために,レポートや検査,看護記録などの診療情報だけでなく,端末のログイン情報やWi-Fiの位置情報まで膨大なデータを収集して,データのクレンジグを行い解析して再構築している。医療機関に導入されるさまざまな機器やソフトウエアには,正規化されていないデータがあふれている。異なるベンダーの,異なる仕様を確認し,医療者がデジタルデータを活用するために,FileMaker側に累計16万行を超えるスクリプトを実装。さらに大量データをサーバ側で高速に処理して表示するため,JavaScriptがUIとして使われている。山本氏は「データベースの高速性や,膨大で複雑な処理でもスクリプトを使ってローコード環境で開発できる特性を生かして,短時間で処理が可能なシステムを構築しています」と説明する。
高速なリアルタイム性を生かした仕組みの一つが,音声合成システムを使った電話(PHS)での情報の提供だ。検査結果やオーダ内容などから,HiPERシステムの判断で即時確認が必要な場合に主治医や看護師,各部門スタッフなどが持つPHSにシステムから自動発呼(コール)され,自動音声で確認を促す。電話をかける先についてもPHSの位置情報,電子カルテのログイン情報などから相手の位置を推定しているため,例えば手術中の医師には発呼しない。山本氏は,「診療中は画面を常に見ているわけにはいきませんし,患者を選び適切に操作しなければ必要な情報にたどりつくこともできません。また,検査結果のシステムへの反映などで,コンピュータしか知り得ないタイミングがあります。その時にピンポイントでHiPERシステムが電話をかけ,音声合成で情報を提供します」と説明する。

リアルタイム性を生かしたRRS支援機能を開発

HiPERシステムのリアルタイム性や一覧性を生かして開発されているのが,院内迅速対応システム(Rapid Response System:RRS)支援機能だ。RRSは,入院患者の急変をいち早く把握し,専門の対応チームが早期介入するための体制で,2022年度の診療報酬改定で新設された「急性期充実体制加算」の中で「入院患者の病状の急変の兆候を捉えて対応する体制」として施設基準の要件にも加えられた。RRS支援機能では,入院患者を「EWS(Early Warning Score)」に基づき重症度が高い順にリスト表示し,患者の状態をリアルタイムで把握して監視できる(図1)。特徴は,看護師が入力(確認)した情報だけでなく,生体情報モニターのデータをリアルタイムで処理して表示していることだ。山本氏は,「患者の急変をチームが知るには,現場の看護師に記録するという時間的余裕を作ってあげなければなりません。システムがリアルタイムで監視し変化があれば担当看護師に電話がかかります。看護師が患者をチェックし電子カルテに記録され,その情報を基に対応チームが立ち上がります。プレRRSとRRSのシステムが同時に動いていると言えます」と言う。
RRS支援機能はiPadアプリに対応しており,看護師はアラートの出た患者の基本的情報を確認しながら対応できる。画面(図1)の上部には患者のプロブレムが単語として表示されているが,これはHiPERシステムでカルテの記載や検査情報などを解析して抽出されている。山本氏は,「検査結果を有害事象共通用語基準で評価し,カルテ記載を自然文解析して,病態を示す標準用語で整理する仕組みをFileMakerで構築しています」と説明する。

RRS支援機能では患者のデータに異常が認められるとPHSへ音声で通知され,担当看護師はiPadでデータを参照して患者の状態を確認できる。

RRS支援機能では患者のデータに異常が認められるとPHSへ音声で通知され,担当看護師はiPadでデータを参照して患者の状態を確認できる。

 

■都立広尾病院のClaris FileMakerプラットフォームを活用した診療支援システム

図1 HiPERシステムのRRS支援機能の画面

図1 HiPERシステムのRRS支援機能の画面

 

図2 患者住所から近隣の医療機関を検索して地図上にプロットして地域連携をサポート

図2 患者住所から近隣の医療機関を検索して地図上にプロットして地域連携をサポート

 

 

広尾病院がめざす高品質な医療サービスを実現させる医療DXの取り組み

HiPERシステムでは,入力されたデータをチェックして入力漏れなどをサジェストする「重症度,医療・看護必要度(以下,看護必要度)」入力支援機能が稼働している。看護必要度の適切な入力は,急性期病院にとって施設基準にも影響するため,病院経営の観点でも重要になる。電子カルテでの入力支援は看護必要度だけでなく,保険請求の視点からもチェックされている。山本氏は,「HiPERシステムでは,電子カルテでマスタ連携がされていないシステムについてもデータを取り込み解析して,請求に必要な項目の入力漏れやコード違いによる連携のミスなどをチェックします。現場の看護師や医事職員など,それぞれの目的や思惑でばらばらに動いているスタッフを,HiPERシステムが同じ方向に極性を合わせるようにサポートすることで,病院がめざす目的に向かえるように手助けしています」と言う。
2020年初頭から始まったCOVID-19パンデミックでは,日々変化する感染状況や診療体制への迅速な対応が求められ,HiPERシステムでは「COVIDダッシュボード」を構築して対応した。山本氏は,「コロナ禍では,検査方法や体制,新しい治療薬などへの迅速な対応が必要で,ローコードでプログラムを変更できるFileMakerでなければ対応できませんでした」と述べる。今後は病院としてもアフターコロナへの対応が求められるが,病診連携の強化もその一つで,紹介先の医療機関の検索機能を新たに実装した。紹介先は,患者の自宅住所から近い医療機関を検索して地図上にプロットして画面に表示する(図2)。紹介先が決まると地域連携ソフトウエア「HumanBridge」(富士通製)が起動する仕組みだ。山本氏は,「院内はクローズドネットワークですので,地図データや住所から緯度経度を割り出すジオマッピングの仕組みはFileMakerで動いています。電子カルテと連動しているので,ワンクリックで患者居住近くの連携医療施設に,診療科で絞ってプロットした地図が高速にズーミング表示されます」と説明する。

ローコード開発が医療DXの進展をサポート

山本氏は医療DXとローコード開発環境の必要性について,「ベンダーがつくる電子カルテは色々な規模の医療施設に合わせるので,個々の現場のニーズとは常にミスマッチが生まれます。しかし,パッケージシステムにカスタマイズを繰り返せば,バージョンアップが困難になるなど不都合なこともあります。その負の部分をカバーするためには,医療者が自分の知識や経験をシステムに直接反映できるローコードの開発プラットフォームの活用は有用です。DXの目的を見極めながら,チャレンジしてほしいと思います。ローコード開発のプラットフォームが,医療者自身による医療DXを可能にするはずです」と述べた。

 

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