FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.45
院長 宮田節也 氏 情報管理室室長 田村 豊 氏
Case 39 札幌白石記念病院 FileMakerのカスタムAppと基幹システムのデータ連携で手術のコストを“見える化”し医業収益アップに貢献
札幌市白石区の札幌白石記念病院は,脳神経外科の専門病院として1982年に開院,2013年に循環器内科を加えて現病院名に改称,2015年には社会医療法人の認可を受けるなど大きく発展してきた。同院では,以前からClaris FileMakerプラットフォーム(以下,FileMaker)を活用したユーザーメードのシステム構築を行っており,その取り組みはITvision No.27(2013年)で紹介した。同院では,その後,FileMakerを使ったシステム開発を加速させ,電子カルテとの情報連携や医事システムのデータを利用した経営支援のカスタムApp(FileMakerで作成したアプリケーション)まで活用の幅を広げている。院長の宮田節也氏と,情報管理室室長の田村 豊氏にFileMakerのローコード開発による取り組みを取材した。
“全身の動脈硬化性病変”や“不整脈”を診る専門病院
同院は,“頭から足の先までの動脈硬化性病変”や“不整脈”を対象として,脳卒中,狭心症,弁膜症,心不全,下肢動脈閉塞,心房細動の治療,人工透析,急性期リハビリテーションなどに力を入れている。病床数103床,診療科は脳神経外科,脳神経内科,循環器内科,心臓血管外科,腎臓内科などを標榜する。画像診断機器は,3T MRI2台など3台のMRI,256列と64列のCT各1台,SPECT,血管撮影装置は頭部用と循環器用の計3台を導入して,不整脈治療や脳神経外科での24時間365日の2次救急に対応する。また,社会医療法人としてへき地など医療資源の少ない地域の支援も行うなど,病院の理念である“いのちと向き合う,こころと向き合う”医療を展開している。宮田氏は診療の現況について,「診療科の垣根を越えて1人の患者さんを診るというポリシーから毎朝“ブレイン・ハートカンファレンス”を行って,画像を含めて医師全員で患者さんの情報を共有して診療に当たる体制をとっています。早く的確な診断で予後を改善することがねらいです」と述べる。
基幹システムとの連携で診療データを有効活用
同院では,ベンダー製システムとして電子カルテシステム〔MI・RA・Is/AZ:(株)シーエスアイ〕,医事システム,看護支援機能,PACS・RISなどの部門システムが稼働する。それに加えて,FileMakerで独自に構築した診療支援システムがベンダー製システムと連携して稼働している(システム概要図参照)。現在は120を超えるカスタムAppがFileMaker Serverに登録されている。基幹系のシステムとの連携は,FileMakerへはODBCで取り込み,電子カルテへはFileMakerで作成した書類やレポートをPDFで登録している。FileMakerでのシステム開発は,診療放射線技師である田村氏が中心となってユーザーメードで進められてきた。現在は情報管理室の室長として開発を担当する田村氏は,「2014年の基幹システムの更新でFileMaker Serverも含めて一新されたことで,基幹システムとの連携が一気に進みました。連携することでボタン一つで必要な情報を表示し一覧から選択させるなど,手入力をなくしてミスを防ぐ方向で開発しています」と述べる。電子カルテなどとの連携では,ベンダー側の協力が大きかったと田村氏は言う。「各システムのデータの保存場所など,電子カルテだけでなく部門システムも含めてベンダーの協力体制があって連携を進めることができました」と説明する。宮田氏は,「これだけのシステムをFileMakerでなく別の方法で実現しようとすれば膨大な費用がかかるでしょう。それを実現する人材が院内にいることが大きいですが,必要なシステムを自分たちが思ったように開発できるのはFileMakerならではだと思います」と述べる。
医事システムと連携して手術コストを算出
宮田氏の意向を反映して2021年4月から本格稼働したのが,手術の材料費などのコストを見える化するFileMakerカスタムAppの“Miere ope”だ。手術ごとの収支について手技料と薬剤・医療材料(医材)の償還価格(収入),医材の納入価格(支出)を計算して,1回の手術にかかる収益率を自動計算する。手技料や償還価格については医事システムから,医材の納入価については同院で使用している医材のデータベースを作成し,手術の際にJANコードのスキャンでデータを読み込んでいる。宮田氏はMiere opeのねらいについて,「急性期病院は医業収入に比べて収益(利幅)が小さいのが実状です。手術だけを見ても収入額は大きいですが,固定費や材料費がかかり,1件の手術で収益がどのくらいになるかは把握できません。これを見える化することで,院内の意識改革や納入業者との価格交渉のためのエビデンスをつくることがねらいです」と述べる。
FileMakerで構築したMiere opeのデータに基づく納入価格や医材の見直しによって,2021年4月から11月までで約2500万円,年間では3000万円以上の利益増につながっているという。宮田氏は,「自院の材料費が高いとか,これだけ使うと収益がマイナスになるだろうというのは感覚的にはわかっていたのですが,感覚だけでは人は説得できません。材料の変更や外部との価格交渉のためにベンチマークとなる数値が必要でした。Miere opeの稼働で実際に医師の意識も変わりましたし,納入価格の見直しにもつながりました」と評価する。一方で,FileMakerのライセンス費用は年間300万円にも満たないという。
Miere opeでは,保険償還価格は医事システムで確定したデータで計算を行うため,反映にはタイムラグが生じる。現在,手術の手技中にリアルタイムでコストを表示するカスタムAppを開発中だ。宮田氏は,「病院の正確な経営データは早くても1か月単位でしか出てきませんが,経営の視点では,今やっている手術の収支はどうか,あるいは月前半の収支状況によって後半の対策を考えるといったスピード感が必要です。データの迅速な解析と省力化のためにRPA(Robotic Process Automation)も導入しています」と言う。田村氏はRPAとFileMakerの関係について,「RPAで直接電子カルテの自動処理を行ったところ3時間かかりましたが,FileMakerでデータを整えてからRPAを使うと30分で終了しました。両方をうまく組み合わせることで,自動化や業務の効率化に貢献できるのではと考えています」と説明する。
病棟の安全管理などFileMakerで情報共有
同院で作成されたカスタムAppは,ポータル画面に集約されて一覧からアクセスできるようになっている。
“安全対策表”は,入院患者の歩行などの身体機能や認知機能の情報,医師・看護師のコメントを患者ごとに一覧にしたもので,これによって転倒や転落に関する危険性をスタッフが共有できる。歩行などの身体機能は,カスタムAppの“転倒転落スコア”で,起き上がり・立位・歩行が可能かなど,項目に沿って入力することでスコアによって危険度を自動で判定できる。そのほか,カレンダー機能を利用した手術室予定,血管造影室予定などの“予定表”,“インシデントレポート”やワクチン接種の“予約管理”など作成されているカスタムAppは多岐にわたる。カスタムAppの作成依頼は情報管理室で随時受ける形になっている。「こんな機能が欲しいという要望を聞いて,ユーザーインターフェイスなどのイメージをやりとりして作成するアジャイル型の構築が可能です。これもFileMakerならではですね」(田村氏)。
■Claris FileMakerで構築した診療支援システム
Claris FileMakerで医療現場のDXに取り組む
同院では医材管理へのRFIDの導入を予定している。田村氏は,「バーコードを使っている作業をRFIDに置き換えることで効率化できたり,データの橋渡しとしてFileMakerが使えるのではと検討を進めています」と述べる。宮田氏は,「他業種では採用が進んでいると聞きますが,医療では本格的な運用はこれからです。造影剤など一部の材料にはすでに採用されていますので,医療現場のDXを進めるためにもRFIDの導入に積極的に取り組んでいきたいと考えています」と期待する。
現在の課題は院内でのFileMakerの開発体制だ。宮田氏は,「FileMakerはいろいろなことができるが,それを構築し日々運用していくための体制を作ることが必要です。これまでのFileMakerの資産を継続するためにも,また,高度化し続ける医療のDXを実現するためにもスタッフの育成が急務で,将来に向けたシステムの運用体制についても検討しているところです」と述べる。
基幹システムとの連携で,病院経営のエビデンスとなるデータを生み出すシステムに発展したFileMakerでの診療支援の今後の展開が期待される。
Claris 法人営業窓口
Email:[email protected]
医療分野でのお客様事例 : https://content.claris.com/itv-medical
03-4345-3333(平日 10:00〜17:30)
社会医療法人 医翔会 札幌白石記念病院
北海道札幌市白石区本通8丁目南1-10
TEL 011-863-5151
https://www.ssn-hp.jp/