FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.44
理事長 髙橋 明 氏
Case 37 医療法人美脳 札幌美しが丘脳神経外科病院 iPhoneとFileMakerを活用した“スマートホスピタル”を構築して安心で安全な医療を提供
札幌美しが丘脳神経外科病院は,札幌市清田区に2020年7月にオープンした脳神経外科の専門病院である。札幌白石記念病院院長などを務めた髙橋 明理事長が立ち上げた同院は,最新鋭のCT,MRIなどを導入し,急性期を中心とした脳神経外科領域の医療を提供している。同時に,“スマートホスピタル”を理想に掲げ,ICTを活用して安心・安全な医療の実施,スタッフの業務負担の軽減など,次世代の病院のあり方を見据えたシステム構築を行っている。FileMakerプラットフォームとiPhoneなどのモバイルデバイス,音声入力などを活用したシステム構築の現状を取材した。
脳神経外科の専門病院として2020年7月開院
同院は,病床数58床で脳神経外科,リハビリテーション科を標榜する。急性期病院の新規開業が難しい状況で新病院が開設できたのは,札幌市の行政区の中で唯一清田区に脳神経外科の病床がなかったことが大きな要因だった。髙橋理事長は病院開設のねらいについて,「清田区の住民の受診行動を分析すると,中央区や東区などの遠くの医療機関まで受診している状況がありました。その中で,脳神経外科の専門病院として,地域の医療機関と連携しながら安心で安全な医療を提供することが当院の理念です」と述べる。
58床という規模ながら,最新の3T MRI(Vantage Galan / Focus Edition),80列CT(Aquilion Prime SP / i Edition),脳血管撮影装置(Alphenix BiPlane / Hi-Def Detector)などを導入し,救急を含めた急性期脳卒中診療,開頭手術,脳血管内治療などを行う。救急については,開院から2021年5月末までで544件を受け入れた。4月からは一次脳卒中センター(PSC)の認定も受けた。脳神経外科の常勤医は理事長を含めて2名だが,札幌医科大学を中心に非常勤医師のサポートもあり24時間365日の体制で急性期医療を展開している。リハビリテーション科は常勤1名,非常勤1名の医師が在籍する。
iPhoneを最大限に活用した“スマートホスピタル”を指向
同院の特徴の一つが,診療情報システムとしてFileMakerプラットフォームを採用し,iPhoneなどを活用した“スマートホスピタル”を指向していることだ。髙橋理事長は,「従来の病院は,アナログでたくさんの紙の書類に何度も同じことを転記する,無駄で不正確な業務が残る組織でした。自分が開業する時には,これをなんとかしたいと思い,新病院ではICTを活用して無駄を省き,医師や看護師が本来の仕事に集中できる時間を生み出すことをめざしました」と説明する。
基幹系システムは電子カルテシステム「MI・RA・Is」〔(株)シーエスアイ〕などが稼働しているが,それを補完する役割として構築されているのがFileMakerプラットフォームによる診療サポートシステム「BISH(BINOH ICT for the Staff Hospitalization)system」だ。BISH systemでは,電子カルテから必要な情報を取り込み,さまざまな文書の作成や情報の参照を支援する。髙橋理事長は,「電子カルテは診療データの入力には必要なシステムですが,自分が欲しい情報が欲しい時に探し出せないなど,データの活用が難しいのが弱点です。FileMakerでは,基幹系システムと連携してスタッフのすぐ近くに情報を置いて必要な時にすぐに取り出せる,そういうシステムをめざしました。アシスタントのように診療をサポートするシステムが理想です」と説明する。
また,院内の働き方を変えるキーデバイスとなっているのが,スタッフが持つiPhoneだ。同院では,固定電話の代わりに約30台のiPhoneを導入し,外線の対応のほか内線やメッセージ(iMessage)による院内のコミュニケーションツールとして活用している。iPhoneではナースコールも直接受けられるようになっており,髙橋理事長は,「ナースステーションなどの場所に縛られずに,スタッフが自由に動けるようになりました。フリーアドレスのオフィスのようなイメージです。院内を自由に移動しながらコミュニケーションができるようになっています」と述べる。iPhoneのメッセージの利用では,救急車の受け入れの際に患者の情報を関係スタッフに一斉配信している。髙橋理事長は,「急性期の脳梗塞治療は時間との勝負ですので,発症時間や症状などを一斉配信することで事前に関係スタッフ全員が情報を把握できます。メッセージの入力には音声入力(Siri)も活用しています」と言う。
理想と現場のニーズを反映しながらアプリを開発
システムの構築は,北海道に拠点を置く(株)DBPowers(代表取締役:有賀啓之)が担当している。同社は,FileMakerプラットフォームでの開発を得意とし,髙橋理事長とは北海道広域医療連携研究会で地域医療連携システム「DASCH Pro」の構築を共に手掛けてきた。今回のシステム構築について有賀氏は,「病院の立ち上げから手掛けるのは初めてでしたが,髙橋理事長からは最初から完璧なシステムをめざすのではなく,試行錯誤しながら継続的に進歩するシステムをめざしましょうと言っていただいています」と語る。現在も週1回の定例ミーティングなどで情報共有しバージョンアップが続けられている。病院側でシステム構築を取りまとめる検査技術部の阪本奈緒ディレクターは,「理事長のビジョンの下,現場の声をヒアリングして要望を取りまとめてさまざまなアプリの開発をお願いしています」と述べる。有賀氏は,「現場のニーズとセキュリティなどの安全性,システムの実現性とのバランスを考えてソリューションを提案し,フィードバックをさらに反映して作り込んでいます。FileMakerならではのシステム構築だと言えると思います」と言う。
FileMakerとiPhoneによるシステム構築
BISH systemでは,エコーや脳ドックなどのレポート,インシデント・アクシデント(IA)レポート,サマリー,手術記事などの作成や参照が可能だ。電子カルテから患者基本情報など必要な情報を取り込み,FileMakerでの書類の作成時には患者ごとに異なる情報を入力するだけですむ。さらに,スタッフが持つiPhoneでは,FileMaker GoでBISH systemのさまざまなアプリが利用できる。現在は,患者ピクトグラム,出退勤管理,備品管理,議事録などのアプリが利用可能だ。
〈患者ピクトグラム〉
病室に掲示された入院患者の身体の状態を表すピクトグラムをiPhoneで撮影して登録し,リハビリや処置の際に患者のQRコードを読み取ることで,状態がすぐに把握できる。「従来は患者さんに対応するスタッフは,担当の看護師に電話をして確認していました。その場でiPhoneで確認できることで,安全で適切な処置やリハビリが行えます」(髙橋理事長)。
〈出退勤管理〉
iPhoneの勤怠管理は,職員のネームカードのQRコードを読み込むと出勤/退勤が管理できる仕組みだ。もともと勤怠管理は「ジョブカン」〔(株)DONUTS〕で行っていたが,タイムカードを押す端末(iPad)が限られていたり,打刻時に自分のIDを手入力する必要があったりとスタッフに不評だった。“勤怠管理を楽にしたい”という要望に応えFileMakerで開発した。従来に比べ,iPhoneとネームカードだけでどこでも打刻でき,アプリ起動→カメラアイコンのタップ→読み込みという3ステップで記録できることで,劇的に簡素化された。有賀氏は,「シンプルな仕掛けですが,FileMakerでの業務の効率化が一番実感されたアプリかもしれません」と言う。
■診療サポートシステム「BISH(BINOH ICT for the Staff Hospitalization) system」
地域医療連携の中核としてICTを活用
同院では,DASCH Proによる地域医療連携システムも構築中だ。地域医療連携システムについて髙橋理事長は,「清田区には総合病院がなく,専門性を持つ病院がICTで連携することで,トータルに地域の住民をカバーするバーチャルな“総合病院”として展開していくことも想定しています。そのためにもまずはスマートホスピタルとして院内のシステムを充実させていくことが大切です」と語る。
髙橋理事長はスマートホスピタルの将来像について,「10年後には院内の業務がiPhoneだけでできるようになるでしょう。究極は,話すだけでコンピュータがすべてアシストしてくれる“スター・トレック”の世界です。そこに向けて少しずつ取り組んでいきます」と展望する。理想のシステムに向けたチャレンジは始まったばかりだ。
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