FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.43
外科 / 救命救急センター 副センター長 川下陽一郎 氏
Case 36 徳島県立中央病院 「NEXT Stage ER」による救急外来のデジタル化でデータに基づいた臨床,教育の環境を構築
徳島県立中央病院(西村匡司院長,病床数460床)は,徳島県の中核病院として急性期医療を中心に県民の医療を支えている。また,徳島大学病院と隣接するという立地を生かして,両病院が一体となって地域医療を支える“総合メディカルゾーン”が形成されており,まさに徳島県の医療の中心的存在となっている。同院の救命救急センターでは,2019年9月からClaris FileMakerプラットフォームで開発された救急医療情報システム「NEXT Stage ER」〔TXP Medical (株)〕が稼働した。救急部門での効率的なデータ入力だけでなく,徳島県の救急医の育成や救急医療の質の向上など,未来を見据えて医療IT環境の整備に取り組む副センター長の川下陽一郎氏に取材した。
ドクターヘリを含め徳島県下の救急医療を担う
救命救急センターでは,1次から3次救急まで24時間365日カバーするER型の診療を行う。平日日勤帯は救急科スタッフ4名が診療を行い,夜間休日は各診療科による全科当直を行う運用になっている。センターの受診患者数は年間約1万6000人,救急車の受入件数は約5000件,そのうち3次救急800人で,疾患としては多発外傷や心肺停止症例も多く,年間約160例の重症外傷に対応している。また,2012年からドクターヘリを運航し,徳島県全域や和歌山県,兵庫県,高知県の一部までカバーする。年間出動件数は約460件(2019年度)。
「徳島県は救急医の育成体制が発展途上で,私は外科系総合診療医であり,センター長は災害医療が専門であったりとスタッフのキャリアはさまざまで,それが当センターの特徴でもあります。病院としては,リニューアルした2012年以降,救命救急医療の充実を一つの基軸にしており,体制の拡充や臨床研修医制度を含めた教育の充実に力を入れてきました」(川下副センター長)。
徳島県の救急医療は,現在は同院の院長を務める西村匡司氏が,2004年に徳島大学救急集中治療医学講座の教授として赴任したことで大きな転機を迎えた。川下副センター長は,「徳島大学の救急医学講座の開設,当院の救命救急体制の整備などもあって,教育体制を含めた救急医療の体制が整いつつあります。当院で救急医をめざす研修医や専攻医も増えてきて,その中でこの先10年の徳島県の救急医療をどうするかと考えて導入したのがNEXT Stage ERです」と述べる。
救急部門の情報化に特化したNEXT Stage ERを導入
NEXT Stage ERは,救命救急センタークラスの救急外来に特化した救急部門システムである。開発したTXP Medicalは,救急科専門医である園生智弘氏が立ち上げたベンチャー企業で,NEXT Stage ERのほか人工知能(AI)技術を用いた製品の開発や研究を行っている。NEXT Stage ERは,FileMakerの持つ柔軟性を生かし,AIによるテキスト解析などの技術を組み合わせて,救急診療の流れの中で入力するだけで,カルテ(所見)の作成やスタッフ間の情報共有,研究用データの蓄積や解析が同時に実現できるのが特徴だ。
NEXT Stage ER導入のきっかけは,2018年に行われた第46回日本救急医学会総会でのTXP Medicalのランチョンセミナーを救急科スタッフが聞いたことに始まる。「われわれが必要としていた機能が実現できるのではと直感して,すぐに連絡を取ってプレゼンテーションをお願いしました。FileMakerで構築されていること,見学した日立総合病院でデータが活用され,研修や教育に活用されている様子を見て導入を決めました」(川下副センター長)。
同院では,救急部門のデータ登録は電子カルテシステムで行ってきた。川下副センター長は,「電子カルテは,公的文書として診療の証拠を残しているに過ぎません。データウエアハウスなどを使えばあとから抽出はできますが,今,目の前で,われわれが闘っているのがどんな相手なのか,そのデータをすぐに取り出す手段がありませんでした。NEXT Stage ERは,救急の現場でそれが可能なシステムであり,日常の診療や若い医師の教育に必要不可欠なツールだと期待しています」と評価する。
NEXT Stage ERの端末は,導入当初,救命救急センターの救急外来,ICU,HCU,手術室,救急病棟に設置されたが,新型コロナウイルス感染症の対応のため,救急外来の受付,感染症病棟,当直師長室,医事課にも拡張された。
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研修医や看護師が使いやすいレイアウトに変更
NEXT Stage ERは,現在,全国の救命救急センターなど32施設に導入されているが,FileMakerプラットフォームによって施設ごとに異なる運用に柔軟に対応している。同院では,NEXT Stage ERの標準的な“患者リスト表示”ではなく,ベッドの配置に合わせた“病棟マップ表示”をメインに使用している。川下副センター長は,「当センターの業務の多くを担っているのは看護師です。看護師の使いやすさを考えて,従来使っていた救急外来のベッドの配置を反映したホワイトボードのレイアウトを,そのままシステムのメイン画面に落とし込みました」と説明する。
ユーザーインターフェイス(UI)については,「NEXT Stage ERは,救急科専門医である園生先生の思考が反映されて開発されており,救急科の医師には直感的に理解できて使いやすいUIですが,少し洗練されすぎていて,当院のように全科当直で研修医や看護師が回す業務が多い現場では,もう少しわかりやすさが必要でした。いろいろと試行錯誤して要望を出して,専門医でなくても使いやすいように変更してもらっています」(川下副センター長)とのことだ。これらの修正作業は,メールやSNSとリモートで行われたが,川下副センター長は,「修正要望に対するレスポンスは早かったですし,すぐに対応できることと修正に時間を要する案件を切り分けて教えてくれるので,その点でもストレスはありませんでした」と評価する。
院内でのFileMakerプラットフォームの利用を拡大
川下副センター長は,NEXT Stage ERの利点として,コミュニケーションツールとして情報共有が容易なことを挙げる。「救急外来の現場は非常にダイナミックで,状況が刻一刻と変化します。一番早く確実な伝達方法は,電話や無線を使った言葉です。ただ,音声伝達は記録に残らないので伝言ゲームになってエラーが起きやすいですし,医師が単なる情報伝達役になったり,共有が不十分で同じことの繰り返しになったりします。NEXT Stage ERでは,一度情報を入力すればスタッフ全員が情報共有できるようにつくられています。それはFileMakerがもともと持っている特性ですが,それを生かしたシステムになっていると感じます」と評価する。
川下副センター長は,NEXT Stage ERの導入で,院内にFileMakerプラットフォームを活用するベースができたと言う。
「これまでも院内では,各科や個人で必要なデータを管理するためにFileMakerが使われてきました。私自身もFileMakerで症例DBなどを構築してきましたが,あくまで個人ベースであり個人情報保護や医療安全の観点から考えても不安がありました。なんとか病院のインフラとなるFileMakerプラットフォームを導入したいと考えていたので,今回のNEXT Stage ERはまさにその第一歩となりました」
地域の救急医療DBとしてNEXT Stage ERを展開
入力には,iPadとApple Pencilを使った“手書き”を取り入れている。第7世代のiPadと手書き日本語入力ソフト“mazec”〔(株)MetaMoji〕に医用辞書を搭載した“Medical mazec for Business”で手書きで入力し,テキストデータに変換して登録する。川下副センター長は,「看護師にいかに入力してもらうかを考えてたどりついたのが,この組み合わせです。病院前の患者情報の電話連絡は,すべてメモ用紙に手書きされていました。これをシステムに入力できないかと試行錯誤して,第7世代からApple Pencilが使えるようになったことで手書き入力にたどりつきました」と説明する。iPadは救急外来で7台が導入されている。「FileMaker Goを使うことで,ライセンスを気にせず台数を増やせます。持ち運びが容易で入力も軽快です。今後はトリアージなどでのファーストタッチでの入力にも拡大できるように検討しています」(川下副センター長)と言う。
これからの展開として川下副センター長は,救急隊の病院前情報を含めたデジタル化を進めたいと述べ,「救急隊が入力する病院前情報はデータベース化されていません。クラウドの活用を含めてそこまでデータ化することで,徳島県全体の救急医療の質の向上も可能になります。5年後,10年後を考えたシステムの構築を進めていきたいですね」と言う。川下副センター長の次世代を見据えたチャレンジは続く。
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