FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.41
事務長 山口敏和 氏 課長 矢野 斎 氏
Case 33 あいちハートクリニック 専門クリニックの医療情報システムを電子カルテから,予約,カテ台帳,勤怠管理までFileMakerプラットフォームで構築
愛知県知立市のあいちハートクリニックは,心臓血管外科医の深谷俊介院長,循環器内科医の村瀬 傑副院長,そして臨床工学技士・看護師・救急救命士で事務長を務める山口敏和氏が立ち上げた循環器専門クリニックである。2017年9月に開業した同クリニックでは,臨床検査技師の矢野 斎課長を中心に,クリニックの情報システムをFileMakerプラットフォーム(販売元:クラリス・ジャパン)で構築している。電子カルテシステムには,「ANNYYS(エニーズ)」を採用し,ベンダー製のPACSなどと連携してトータルな医療情報システムを構築しているほか,カテーテル室の管理台帳から勤怠管理まで,専門クリニックの診療のワークフローにきめ細かく対応したシステムを作り上げている。ユーザーメードを基本とした自在なシステム構築のポイントを取材した。
循環器の専門クリニックとして2017年開業
あいちハートクリニックは,循環器専門クリニックとして院長,副院長のそれぞれの専門性を生かした高いレベルの医療を提供すると同時に,地域におけるかかりつけ医としての役割も果たしている。診療科は循環器内科,心臓血管外科,内科,外科など。医療機器は心臓血管撮影装置やCT,超音波診断装置などを導入し,冠動脈疾患に対する心臓カテーテル検査からPCI(経皮的冠動脈形成術)にも対応するほか,血管内焼灼術による下肢静脈瘤治療も行っている。そのほか,レーザーを使った脱毛やシミ取り,アンチエイジングなどの美容の施術も提供しているのが特徴だ。
同クリニックでは,電子カルテシステムをはじめとする院内の情報システムをFileMakerプラットフォームで構築した。システムの構築は,矢野課長を中心にPACSなどベンダー製のシステムも組み込みつつ,基本的にはFileMakerプラットフォームで独自に作り込んでいる。矢野課長はシステム構築のコンセプトを,「医療情報システムをFileMakerベースに構築することは,クリニック立ち上げ当初からのねらいでした。これまでのFileMakerでのシステム構築の経験を生かして,専門性の高い診療を効率良くサポートするシステムを,できるだけコストをかけずに構築しました」と語る。
医療情報システムをFileMakerプラットフォームで構築
主なシステムとして,電子カルテシステムにはFileMakerプラットフォームで開発された「ANNYYS」を採用。レセプトは日医標準レセプトソフト(ORCA),画像(PACS)やPDFなどの文書データの管理には診療情報統合システム「STELLAR」(アストロステージ社製)を導入した。矢野課長は,「FileMaker以外の外部のシステムとは,XMLやPDFなどを利用して連携しています。すべてをFileMakerにするのではなく,FileMakerが得意な部分と既存システムのメリットを組み合わせて構築しています」と説明する。
診療を支援する,受付や予約のシステム,院内の情報共有の仕組み(ポータルやスケジュール管理)や,さらに院内ネットワークと外部(インターネット)との切り分け,セキュリティの設定などは矢野課長が設計し,日々の管理も手掛けている。そのほか,勤怠管理や給与計算,スケジュール表など業務を支援する仕組みもFileMakerによるユーザーメードだ。システム構築は,開院2年前の2015年から着手,外来の患者や職員の動線を想定しながらブラッシュアップしてきた。矢野課長は,「建物ができて実際に動かしてみるとさまざまな要望が出ます。それを現場で追加し,修正して作り込むアジャイル型の開発ができるのはFileMakerならではです」と述べる。
FileMakerベースの電子カルテANNYYSを採用
ANNYYSは,日本外来小児科学会の“電子カルテ開発プロジェクト”をきっかけに開発された電子カルテシステムで,6名の開発メンバーの頭文字が名称の由来だ。同クリニックのANNYYSは,メンバーの一人(Y)である山口秀人氏(現・佐賀県ひらまつ病院小児科部長)が佐賀記念病院などで開発・拡張したバージョン(Sky-Connect版)がベースになっている。矢野課長は,島原病院(京都府京都市)やよつば循環器科クリニック(愛媛県松山市)などで,臨床検査技師として超音波検査に携わる傍ら,FileMakerでシステムを構築してきた。システム構築のきっかけを矢野課長は,「VHSのビデオテープに保存していた超音波画像の患者名や日付で管理する台帳をFileMakerで作成したのが最初です。そこからFileMakerを使って超音波レポートやカテ台帳など,さまざまなシステムの構築に広がっていきました」と語る。さまざまな病院のFileMakerでのシステム構築をサポートする中で山口秀人氏と知り合い,病院版として機能を拡張したANNYYSを採用することになった。
自費診療の対応やFileMaker Goでの写真取り込みなどを構築
同クリニックのFileMakerで作り込まれた診療支援システムは多岐にわたるが,きめの細かい対応とこだわりが随所に見られる。
〈グループウエア〉
システムは1つのID・パスワードで,グループウエアにログインすれば,FileMaker以外の連携システムにもログインできる。各システムは,グループウエアのポータル画面上のアイコンから起動できるため,ユーザーはほぼWindowsのデスクトップを見ることはない。矢野課長は,「いちいちOSに戻るのは時間も手間もかかるので,すべてFileMaker上で扱えるようにしました」と説明する。ポータル画面は,スタッフ全員が最初に参照する総合画面に加え,医師,コ・メディカル,事務など職種ごとにも用意されており,それぞれにカレンダー機能やToDoリストなどが搭載されている。
〈受付〉
受付業務では,「名前を呼ばれたくない」などの“SECRET”情報や感染症,アレルギーなどの禁忌情報,既往症などを登録して,患者基本情報欄にアイコンで表示できる。そのほかカルテを開く権限のないスタッフでも患者の診療概要がわかるように簡単なサマリーを記載する“ショートサマリー”,診察以外での患者の問い合わせ内容などをメモする“外来間コメント”など,現場での運用に即した工夫が凝らされている。矢野課長は,「ミスがあった時や困っていることに対してこちらから提案して実装する機能が多いですね」と言う。
〈美容〉
同クリニックでは美容も行っている。自由診療がメインとなるため請求や情報管理は保険診療とは別のシステムが必要だが,FileMakerによってシームレスに構築されている。さらに,美容の予約のカレンダーはインターネット回線に接続してGoogleカレンダーと共有し,外部スタッフがスケジュールを確認できるようになっている。また,施術前後の写真はFileMaker Goをインストールしたモバイル端末(iPhone)で撮影している。矢野課長は,「オブジェクトフィールドで写真を撮るとサーバに登録され,そこにリンクするだけで簡単に参照できます」と説明する。
〈勤怠管理〉
職員の出退勤の記録(タイムレコード)にiPadを利用している。各職員のステータス(休み,退勤など)が一目でわかるようになっている。矢野課長は,「セキュリティの関係で最終退出を確認する必要があったため,退出時にiPad上で確認できるようにしました。勤怠管理とも連携してタイムレコーダにもなっています」と説明する。
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30年の経験を注ぎ込んだカテーテル管理システム
同クリニックの“カテ台帳”は,既製システムではなくFileMakerプラットフォームによる独自のシステムが構築されている。これは山口事務長が,京都桂病院や名古屋ハートセンターなどで30年以上にわたって作り込んできたカテーテル室の管理台帳がベースとなっている。山口事務長はFileMakerでのシステム構築について,「心カテやPCIの複雑で詳細な情報を正確に漏れなく入力して,最終的には統計や分析に使えるようにデータを管理できるシステムは,市販のシステムにはなく,自分たちに必要な情報をすぐに登録できるシステムとして,FileMakerを利用して自作するしかありませんでした。直感的に扱え,変化に柔軟に対応できるFileMakerだからこそ,ここまで継続できたと言えるかもしれません」と述べる。カテ台帳では,病変ごと,血管ごと,ステントごとといったPCIの細かなイベントの記録など,カテ室のニーズに合わせた入力が可能になっている。
矢野課長は,「アイデアと技術,そしてちょっとした知識があればなんとかなるのがFileMakerです。現場の中で工夫しながら構築していきたいですね」と語る。FileMakerプラットフォームの利点を生かし,さまざまな形に発展するシステムが専門クリニックの診療をサポートしている。
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