FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.40
Case 32 自治医科大学附属病院 救命救急センター FileMakerで構築された,救急/ERに特化した「NEXT Stage ER」で,救命救急センターの診療データの電子化を実現
副センター長/救急医学講座准教授 米川 力 氏
自治医科大学附属病院救命救急センターは,三次救急医療施設として下野市,小山市など栃木県南部と茨城県の一部をカバーしている。同センターでは2019年春に,FileMakerプラットフォームで構築された救急/ER向けの患者情報記録管理システムである「NEXT Stage ER」(TXP Medical)を導入した。救急医療という多忙な現場での情報入力やデータベース構築,多職種による情報共有を可能にするNEXT Stage ERの運用を,救命救急センター副センター長の米川 力氏に取材した。
栃木県南部の救命救急センターとしてS評価を取得
救命救急センターは,栃木県南部と茨城県の一部をカバーして24時間365日で三次救急を中心に提供している。救急車搬送数は年間4351件だが,それだけでなくウォークインで受診する一次,二次患者も多く,救急患者数は年間1万4448人に上る(2017年実績)。同センターは,メディカルコントロール(MC)協議会の中心的な役割を担っており,地域の救急体制の構築にも尽力している。米川氏は,「当センターへの救急車搬送件数は減少傾向にあるのですが,MC協議会が機能することで,地域医師会や二次救急の医療機関と連携して,初期から三次までの適切な役割分担ができている証拠です」と現況を説明する。
今回のシステム導入のきっかけは,厚生労働省による救命救急センターの機能評価の見直しだ。厚労省では,1999年度から救命救急センターの“充実段階評価”として,評価項目のトータル点数によってA~Cにランク分けする施設評価を行ってきた。これを2018年度に,地域への貢献度など機能を中心にした評価項目に見直しを行い,施設評価に最上位のS評価を設けた。評価項目には,“診療台帳の電子化”や“搬送受入対応記録の作成”など情報管理に関する項目が追加され,施設評価のランクは診療報酬加算にも反映される。救命救急センターのシステム化について米川氏は,「今回の見直しでは救急の診療データの電子化はもちろんですが,地域の医療機関との連携や専門医の教育など,診療データを基にした運用が重視されるようになりました。そこで,救命救急センターとして,救急診療の中でしっかりとした情報収集と管理が可能なシステムを探していたときに出会ったのがNEXT Stage ERでした」と述べる。
NEXT Stage ERは,救急専門医でもあるTXP Medical社の園生智弘氏がFileMakerプラットフォームで開発した救急診療に特化した患者情報記録管理システムである。園生氏が勤務する日立総合病院(茨城県日立市)の救急部門で構築したシステムをベースに,2018年2月に製品版をリリースした。すでに全国の救命救急部門5施設以上で導入実績があるが,同センターが大学病院では初めての稼働例となる。NEXT Stage ERの特長は,“患者情報の記録”“スタッフ間の情報共有”“診療データベースの構築”を同時に可能にすることだ。
救急/ERの診療に特化した「NEXT Stage ER」を導入
同センターでは,従来,診療用データは米川氏がFileMakerで自作したスタンドアローンのシステムで管理し,それとは別に事務部門ではFileMakerで救急外来の来院患者を記録する“救急患者取り扱い記録”を運用していた。NEXT Stage ERでは,これらを統合して救命救急センターを受診するすべての患者の情報を管理し,医師,看護師,事務系スタッフなど多職種での情報入力と参照,共有が可能なシステムを構築した。NEXT Stage ERは,病院の電子カルテシステム(IBM)の端末に相乗りする形で導入した。米川氏は,「多職種による入力と患者情報の統合管理のためには,ネットワークでの運用が必須ですが,セキュリティや利便性を考えると,電子カルテとの連携がベストでした。病院の医療情報管理部門と折衝して,電子カルテ端末へのFileMakerのインストールを実現しました。救命救急センターとしてのデータベース化の必要性や統計情報が容易に得られるメリットが理解された部分が大きかったと思います」と説明する。現在は,20ライセンスで受付など事務部門に4台,初療室12〜13台,病棟2〜3台の端末で運用されている。
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FileMakerプラットフォームの利点を生かした導入と運用
NEXT Stage ERの導入に当たっては,センターの運用に合わせてカスタマイズを行った。米川氏は,「NEXT Stage ERは救急診療のフローを考慮したシステムですが,運用は施設ごとに異なります。例えば来院時の情報を誰が管理するのかは病院ごとの体制で異なり,それによって患者さんが搬送されてから必要になる画面や項目も違ってきます。導入に当たっては,その部分も含めて要望を出して運用に合わせたカスタマイズをしてもらいました。もちろん,FileMakerプラットフォームですので,ユーザーインターフェイス部分の修正はユーザーレベルで対応可能です」と説明する。
センターでは,NEXT Stage ERにリンクして,FileMakerで構築されたドクターカーの出動記録,看護師のトリアージカテゴリー入力,外傷データベースなどが連携して動いている。米川氏は,「すべてをNEXT Stage ERの中に統合するのではなく,必要なシステムは別に構築して,それをリレーションして動かすことも可能です。そこもFileMakerプラットフォームの利点だと思います」と述べる。
搬送受入の状況もNEXT Stage ERでデータベース化
NEXT Stage ERでは,救命救急センターの外来・入院患者の基本情報(名前,ID,生年月日,病名など)やバイタルサイン,病歴,身体所見などを入力する。また,新たに,救急搬送が必要かどうか電話で問い合わせがあった際の内容の入力も開始した。従来は,紙にメモ書きしそれを保存していたが,データベース化することで問い合わせの内容やその後の対応状況なども把握できるようになった。「システム化にはスタッフの反対もあったのですが,データが蓄積されるにつれて検索の利便性など,デジタル化のメリットが理解されてきています」(米川氏)。また,NEXT Stage ER上で初療室や処置室などの状況がリアルタイムで確認できることから,現在何人の患者に対応しているのか,重症なのかどうかが把握できる。米川氏は,「マンパワーが限られる救命救急センターでは,スタッフをどこに重点的に投入すればいいのかすぐに判断できるメリットは大きいです」と言う。
入力支援の機能などを生かし救急DBの充実を図る
NEXT Stage ERの導入効果について米川氏は,「患者情報の一元管理が可能なシステムが構築できたことは,救命救急センターとして大きなアドバンテージになります。医師,看護師,事務方で必要なデータは異なりますが,データベースが1つあればさまざまな形でデータの利用が可能です。また,救急車からウォークイン,電話での問い合わせまで入力することで,地域全体の救急受診状況が把握できる可能性があります。地域の医療体制を検討するためのデータにもなるのではと期待しています」と述べる。同センターは,2018年に栃木県内に5 つある救命救急センターの中で唯一のS評価を受けた。
NEXT Stage ERでは,独自開発の言語処理エンジンを用いた“記載テキストの自動標準化”によって,フリーテキストの入力データから病名関連情報を自動的に標準病名に紐付け,項目ごとに格納できる仕組みを搭載している。カルテ入力支援の機能については,「十分に活用できていないのが現状で,今後,使いこなせるように運用を考えていきます」(米川氏)とのことだ。
FileMakerでのシステムの構築について米川氏は,「ユーザーメードでのシステム構築ができることも特徴ですが,現在はNEXT Stage ERのように高度でセキュアなカスタムAppで,コストパフォーマンスの良い業務システムの構築も可能です。個人的には,スタンドアローンでも動かせるシステムは災害時に有効だと感じていますので,災害用電子カルテなどにもトライしてみたいですね」と展望する。
地域の救急医療の中核施設として診療情報のデータベース化が大きなカギを握る。救急の現場での業務フローを考慮したデータ運用を可能にするNEXT Stage ERへの期待は大きい。
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