FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み

ITvision No.37

Case28 社会医療法人財団石心会 埼玉石心会病院 FileMakerプラットフォームの「NeuroAgent」で脳神経外科の情報をデータベース化して低侵襲治療の評価に取り組む

院長/低侵襲脳神経センター長 石原正一郎氏

石原正一郎 氏

石原正一郎 氏

埼玉県狭山市の埼玉石心会病院は,2017年11月1日に移転,新築オープンした。同院は,「断らない医療」と「患者主体の医療」の実践を掲げ,年間7000台以上の救急車を受け入れるなど,急性期病院として地域医療に貢献してきたが,新病院では理念はそのままに体制を充実させ,患者の療養環境や職員の働く環境にも配慮した設備を整えた。その中核ともなる低侵襲脳神経センターでは,FileMakerプラットフォームの「NeuroAgent」〔開発:ソフトクオリティ,販売:キヤノンメディカルシステムズ(旧・東芝メディカルシステムズ)〕が稼働した。脳神経外科領域の情報をデータベース化し,低侵襲治療のさらなる発展をめざすシステムの運用を,院長で低侵襲脳神経センター長を務める石原正一郎氏に取材した。

移転新築して断らない医療と患者主体の医療の提供体制を強化

社会医療法人財団石心会(石井暎禧理事長)は,神奈川県川崎市に本部を置き,神奈川県,埼玉県で医療,介護,福祉施設を運営している。埼玉県狭山市の埼玉石心会病院は1987年に開院,地域医療支援病院として急性期医療を担当し,グループ施設だけでなく大学病院や地域の医療機関と連携しつつ地域完結型医療を推進してきた。2017年11月1日に,西武新宿線狭山市駅により近い場所に移転し,349床から450床に増床して新築オープンした。副院長として新病院のコンセプトづくりから設計に関わり,2018年から院長に就任した石原氏は新病院のコンセプトを次のように説明する。
「当院は埼玉県西部地域において救急医療をはじめ急性期医療の提供で中核的な役割を果たしています。新病院ではそれをさらに推し進め,地域の医療ニーズに高いレベルで応える最先端の設備を整えると同時に,それを担うスタッフの働く環境にも配慮した設計を取り入れました」
新病院では,ER総合診療センターや外科と内科を統合した心臓血管センターなどを整備するが,その中でも診療の中核となるのが石原氏がセンター長を務める低侵襲脳神経センターである。

ハイブリッド手術室などを設置した低侵襲脳神経センターを開設

低侵襲脳神経センターでは,さまざまな脳疾患に対して脳や身体に負担の少ない“低侵襲”治療を行うことを目的としている。低侵襲治療は,血管内治療や神経内視鏡手術だけでなく,開頭が必要な場合でもより負担の少ない治療法を選択し,患者の早期社会復帰をめざすものだ。新病院の2階には専用外来が設けられ,同フロアにニューロカルテット手術室,カテーテル室,通常の手術室を備えて,非常勤医師を含めて8名の体制で診療にあたっている。中でもニューロカルテット手術室は,血管撮影装置と脳神経外科用顕微鏡が使用できるハイブリッド手術室にCTとMRIを組み合わせて術中撮影を可能にした低侵襲手術のための高機能手術室だ。ハイブリッド手術室に隣り合わせてCTとMRIを設置し,CTはガントリの移動,MRIはテーブルを移動することで術中検査を可能にする。
石原氏は,低侵襲な脳神経外科手術の第一人者として以前から血管内治療や神経内視鏡を用いた手術に取り組んできた。今回の低侵襲脳神経センターの開設について,「脳の機能を維持し予後を改善するためには,より侵襲の少ない方法で手術することが必要だと考えて取り組んできました。デバイスなど技術の進化と,機器の認可や保険収載など制度が整ったことで機が熟したと判断して,“低侵襲”の名前を掲げたセンターの立ち上げに至りました」と説明する。

NeuroAgentで脳神経外科領域のデータベース化を図る

同センターに,脳神経外科に関連する診療情報を管理する部門システムとして導入されたのが,FileMakerプラットフォームで開発された「NeuroAgent」である。開発は,キヤノンメディカルシステムズの心臓カテーテル検査向け動画ファイリングシステム「CardioAgent」のレポートを手掛けるソフトクオリティが担当した。同社は,診療放射線技師だった齊藤孝行氏が2004年に創業,FileMakerプラットフォーム上で放射線・循環器分野のアプリケーション開発を行っている。現在,国内400施設以上での導入実績があり,FileMaker社からその実績やアプリケーションのデザインが評価され複数の賞を受賞している。
石原氏は以前から,手術記録の入力システムをFileMakerで自作し,個人のMacで管理していた。2004年に埼玉医科大学に赴任し,2007年同大学国際医療センター開設に当たって脳神経外科領域のシステム化を検討していた際に,血管撮影装置のレポートとしてCardioAgentを利用したのが開発のきっかけとなった。「血管撮影のレポート作成から使い始めましたが,これを利用すれば脳神経外科領域でも診療のデータベースが構築できるのではと考えて,ソフトクオリティとともに開発をはじめました」(石原氏)。2016年に埼玉石心会病院に移り,新病院での運用を視野に開発を続け今回の構築となった。

血管内治療と開頭手術,経過観察など診療情報をデータベース化

NeuroAgentでは,処置や手術の記録,疾患ごとの詳細なデータ登録,術後の患者のフォローアップなど,脳神経外科の診療で発生する情報の入力をカバーする。手術レポートでは,術式や経過記録,手術に使用する物品や器材など関連するデータを入力できる。同センターでは,同じ疾患でも症状によってさまざまな術式が選択されるため,血管内治療や開頭手術などそれぞれに合わせた入力画面が用意されている。また,疾患に共通の項目を入力する疾患別ページとして,脳腫瘍,破裂・未破裂脳動脈瘤,動静脈奇形,脳内出血,血管狭窄,頭部外傷などがある。CT,MRIの画像や血管撮影の動画像のほか,手技の様子を撮影したビデオを参照しながらレポートの作成が行えるなど,より脳神経外科領域の診療に即したシステムとなっている。また,未破裂脳動脈瘤についても部位を登録して経過観察を行うことができる。
入力では,フリーテキストでは正確な評価ができないため,用語の統一や標準的なスケールを採用して客観的なデータ入力を可能にした。脳卒中の術後の状態評価では,予後評価の指標である“modified Rankin Scale”を用いている。また,二重入力や転記の手間を省くため,電子カルテシス
テム(ソフトウェア・サービス)との連携を図り,電子カルテからのオーダ取得,NeuroAgentからの結果ファイルの送信(以上は旧病院時から実現),電子カルテで入力された問診データの取り込み,手術名称の取得(現在はオーダ情報にKコードを含ませて互換を図っている),NeuroAgentで入力された手術記録や入院台帳などから結果をサマリーとして電子カルテへ送信するなどの機能を実現している。
石原氏はNeuroAgentによるデータベース化について,同センターでめざす低侵襲治療の評価が目的だと次のように述べる。
「低侵襲治療の最終的な目標は,患者さんの予後の向上です。患者さんにとっての予後とは,元の職場に復帰できるか,同じ仕事ができるかという具体的な問題です。われわれは単に侵襲の少ない方法で治療しましたというだけではなく,低侵襲治療の方法論が本当に患者さんの予後に寄与するのか,それをデータとして証明していきたい。そのためのセンターであり,NeuroAgentだと考えています」

図1 NeuroAgent:手術レポート

図1 NeuroAgent:手術レポート

 

図2 NeuroAgent:疾患別ページ「破裂脳動脈瘤」

図2 NeuroAgent:疾患別ページ「破裂脳動脈瘤」

 

職員のモチベーションも考えた療養環境をデザイン

NeuroAgentは,石原氏のコンセプトを実現し低侵襲脳神経センターでの診療をサポートするべく現在も開発が続けられている。現場からの要望に合わせ機能の拡張やユーザーインターフェイスのブラッシュアップに柔軟に対応できるのは,FileMakerプラットフォームを採用した最大のメリットと言えるだろう。
新病院では明るい色使いやデザインにこだわった家具・調度などアメニティの向上が図られているが,石原氏はそのポイントについて,「24時間365日断らない医療の提供が前提ですが,そのためには働くスタッフにも余裕がなければ質の高いサービスは提供できません。患者さんのためはもちろんですが,職員もリラックスできるようレストランや休憩施設なども含めて設計しました」と説明する。住民への高度医療の提供は当然として,病院スタッフの働き方にも配慮した病院づくりを進める同院は,今後も地域医療のトップランナーとして走り続けるに違いない。

CT,MRIの術中検査を可能にしたニューロカルテット手術室

CT,MRIの術中検査を可能にしたニューロカルテット手術室

ニューロカルテット手術室や血管撮影室では照明と画像で患者の緊張を和らげる。

ニューロカルテット手術室や血管撮影室では照明と画像で患者の緊張を和らげる。

   
ゲストルームやスタッフの休憩室などの働く環境の向上にも配慮

ゲストルームやスタッフの休憩室などの働く環境の向上にも配慮

院内のレストランも南欧風のデザイン

院内のレストランも南欧風のデザイン

   
病棟はユニットごとにカラフルな色分け

病棟はユニットごとにカラフルな色分け

鮮やかな配色で明るい療養環境を提供

鮮やかな配色で明るい療養環境を提供

 

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社会医療法人財団石心会 埼玉石心会病院

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