FileMakerによるユーザーメード医療ITシステムの取り組み
ITvision No.33
Case23 大阪大学医学部附属病院 世界標準の臨床研究支援ツール“REDCap”とFileMakerを活用して,セキュアで効率的なデータ入力が可能な多施設登録システムを構築
未来医療開発部REDCapグループ 山本景一氏,関 季子氏 心臓血管外科 吉川泰司氏,松尾慎子氏
大阪大学医学部附属病院未来医療開発部REDCapグループでは,米国で開発された臨床研究支援ツールである「REDCap(Research Electronic Data Capture)」を活用して,大阪心臓血管外科研究会の手術データベースを構築した。REDCapとFileMakerを利用して,匿名化などのセキュリティの向上を図ると同時に,現場や事務局の業務負担の軽減を図った。日本におけるREDCapの拠点となる大阪大学医学部附属病院未来医療開発部REDCapグループ(以下,REDCapグループ)での臨床研究をサポートするシステム構築について取材した。
REDCapによる日本の臨床研究をサポートする体制を構築
大阪大学では,2014年に臨床データ統計解析を専門とする新谷歩教授を迎えて臨床統計疫学寄附講座を開設。同時に臨床研究の支援ツールであるREDCapの日本の拠点として,同病院の未来医療開発部にREDCapグループを設け,REDCapの普及や教育,導入支援などを進めている。
臨床研究では,データの質の確保や安全で効率的なデータ収集,公正な研究のために,電子的にデータの収集・管理を行うElectronic Data Capture(EDC)システムの導入が進められているが,商用ベースで提供されるシステムは高価なものが多いのが現状だ。同寄附講座の特任准教授である山本景一氏は,臨床研究サポート体制について次のように説明する。
「日本の臨床研究は,基礎研究領域に比べて世界で大きく遅れをとっているのが現状です。その1つの原因が,研究基盤のIT化の遅れをはじめとして,臨床研究の支援体制が不十分なことです。その課題を解決するツールとして期待されるのが,臨床研究のデータ収集・管理システムとして世界標準となりつつあるREDCapです」
REDCapは,米国のVanderbilt大学で開発されたWeb上で構築可能なデータ収集システムで,アカデミアなどNPO施設には無償でソースコードが提供され,全世界で96か国,30万ユーザー,22万プロジェクトに利用されている。REDCapは,Webベースで安全かつ簡単にデータ入力画面やデータベースが構築できる上,多彩な出力形式に対応しており,研究スケジュール管理機能や監査証跡取得機能など臨床研究を支援するさまざまなツールを備えている。
REDCapグループでは,2015年6月から同大サイバーメディアセンターにサーバを設置して学内へのREDCapの提供を開始し,さらに近くVanderbilt大学と正式ライセンス契約を締結し外部提供(SaaS)もスタートする予定だ。山本氏は,「学内だけでなく,他施設でのREDCapの利用,データベース構築も可能です。REDCapによる構築支援だけでなく,臨床研究のサポート,運用に関する教育,情報提供なども行っていきます」と述べる。
多施設プロジェクトの1つとして開発されたのが,大阪心臓血管外科研究会(OSaka CArdiovascular Research Group:OSCAR,会長:大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科・澤芳樹教授)の手術データベース管理をREDCapとFileMakerで構築した“OSCAR AND CorREspondence table(OSCAR-ANDRE)システム”である。
大阪大学と関連病院による心臓手術データベースを構築
OSCARでは,2008年から大阪大学と関連病院(連携大学連携病院会議)が協力して,心臓・大血管手術に関する情報を共有して臨床研究を行うための“手術データベース(OSCARデータベース)”の構築に取り組んでいる。大阪大学とその関連病院26施設が参加しており,年間5000例近い症例が集まり,研究や論文作成に活用可能な貴重なデータベースが構築されている。心臓血管外科の吉川泰司准教授はOSCARデータベースについて,「日本では多施設で規模の大きい症例データを集めた臨床研究はなかなか難しいのですが,OSCARは大阪大学を中心に関連施設が協力することで世界に通用する臨床研究として取り組んでいます」と述べる。
OSCARデータベースは,当初FileMakerベースで構築され各施設でデータ入力を行い,データは半年に1回,USBなどの媒体で事務局(大阪大学)に集めていた。そのため,セキュリティへの懸念や事務局の作業の繁雑さが問題となっていた。“National Clinical Database(NCD)”は日本外科学会が主導する手術症例データベースで,手術成績からみた医療評価が全国レベルで可能になるのみならず,専門医制度とも連動しており,NCDへの情報の入力が義務付けられている。OSCARデータベースはNCD+αのデータを収集するため,二重入力が問題となっていた。このような状況下,NCDにデータ一括アップロード機能が追加されることとなり,また2015年からREDCapの利用が可能になったことから,REDCapグループと協力してセキュリティにも配慮しながらデータ入力の負担軽減と収集業務の省力化をめざして,新たなシステム構築に取り組んだ。
患者関連情報をFileMakerで匿名化するモジュールを開発
OSCAR-ANDREシステムは,REDCap上に構築されたOSCARデータベース(以下,OSCAR DB)と,FileMakerプラットフォーム上でオネスト(本社:東京都文京区)協力のもと構築された対応表管理システムである「ANDREシステム」で構成されている(図1)。OSCAR DBへの登録はREDCapで構築したWebベースのオンライン入力システムで行い,データは大阪大学のサーバで一元管理される。OSCAR DBでは,連結可能匿名化を行っておりデータは匿名化IDで管理されるが,カルテIDとの対応表を管理する必要がある。一方で,NCDに登録するデータには,OSCAR DBには含まれない患者イニシャルや患者居住地の郵便番号といった個人情報が含まれる。これらのデータをセキュアな形で運用するための仕組みがANDREシステムである。ANDREシステムでは,カルテの患者IDを入力すると,匿名化IDが自動符番される(図2)。この匿名化IDをREDCapのAPI機能を使ってOSCAR DBにインポートし,OSCARのオンライン入力画面から詳細データの入力を行う。
NCD用のデータの作成手順は次のようになる。REDCapのReport機能を利用してOSCAR DB上のデータから必要な項目のみを抽出し,エクスポート機能でCSVデータを出力する。このデータをANDREシステムに取り込み,NCD固有データ(イニシャル,郵便番号)を付加してNCD用アップロードファイル形式で出力,NCDにログインし手動でデータのアップロードを行う。
個人情報(カルテID,イニシャル,郵便番号)や対応表などのデータをANDREシステム上だけで扱うことで,臨床研究における個人情報管理の課題に対応した。REDCapグループの関季子氏は,「FileMaker Pro Advanced 機能による AES 256bit データベース暗号化や,アクセス権設定,FileMaker側にAPIトークンを持たせるなど高レベルのセキュリティを確保し,REDCapと組み合わせることで,個人情報保護に配慮しながら二重入力を解消するなどデータ収集・管理の効率化を図った運用が可能になりました」と述べる。
REDCapを活用して日本の臨床研究をサポート
心臓血管外科の松尾慎子 氏は,OSCAR-ANDREシステムによって各施設での症例登録業務の負担は大きく軽減すると言う。「当院ではOSCAR DBとNCDで別々の担当者が入力していましたが,新しいシステムでは1人で入力からデータのアップロードまで可能です。他施設でも,担当者の負担は約半分になると思われます」
大阪大学でのOSCAR-ANDREシステムの運用は2015年10月からスタートしたが,関連病院では倫理委員会の承認を待って,2016年度からすべてのデータ入力をオンラインで行う予定だ。また,今後の展開として吉川氏は,「NCDのデータベースは周術期のデータが中心ですが,OSCARデータベースは長期予後の項目も登録する予定です。術後5年目,10年目といった長期予後の臨床研究が可能になると考えております」と述べる。
REDCapは,年間1プロジェクト36万円,サポート18万円で学外の施設でも利用可能だ。山本氏は今後について「日本の臨床研究のさらなる発展のために,REDCapを普及させていきたいですね。そのためには,周辺の管理ツールなど環境を整えていくことも必要で,今回のANDREシステムのように,医療現場での普及率が高く,医師をはじめ医療スタッフが使い慣れているFileMakerを利用したシステムとの連携も多くなるでしょう」と述べる。
世界標準のREDCapの普及によって,日本における医師主導によるさまざまな臨床研究が拡大することが期待される。
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