Case 1 名古屋大学医学部附属病院 メディカルITセンター 
大学病院で実現した電子カルテと連携したユーザーメードシステム
吉田茂センター長に聞く

2010-7-1


吉田茂センター長

吉田茂センター長

名古屋大学医学部附属病院(以下名大病院)では,2007年に病院情報システムを更新して,第5次病院総合情報システムが稼働した。このシステム更新でベンダー製の電子カルテシステム(NeoChart,富士通)を基幹として,FileMakerによるユーザーメードの各種システムを取り入れたシステム構築を行った。システム構築を担当したメディカルITセンターの吉田茂センター長に,1000床を超える大学病院で大規模システムとユーザーメードのシステムをいかに構築したか,そのコンセプトを聞いた。

●FileMakerによる自作システムを大学病院で動かす

図1 名大病院電子カルテシステムの構成

図1 名大病院電子カルテシステムの構成

私は,2004年に名大病院に赴任しましたが,もともとは前任地の兵庫県加古川市の198床の民間病院で始めた取り組みがきっかけです。小児科医として診療を行う中で,FileMakerを使って診療情報提供書の作成から始まり,退院サマリの入力,指示箋の作成,症例データベースの構築からクリニカルパスまで自作していました。これが,他部署のスタッフにも広がり,最終的には病院側にも認められて,公式の病院情報システムとして稼働することになりました。
その取り組みが,1000床以上の国立大学病院という大きな組織に持ち込めるかがひとつの課題でした。以前の病院は紙カルテがあり,FileMakerのシステムはそのサポートという位置づけだったからです。結果的に名大病院では,2007年の第5次システムから,いわゆるベンダー製の電子カルテとユーザーメードのシステムを融合したシステムを構築して運用しています(図1)。

●FileMakerでユーザビリティを向上し,基幹システムともリンク

第5次システムの更新では,「ユーザビリティの向上」をひとつのキーワードにして,さまざまなシステムの見直しを行いましたが,その中心がFileMakerによるユーザーメードシステムの導入です。名大病院では,2003年の第4次更新で電子カルテシステムが稼働したのですが,ユーザビリティの面で不満が大きくありました。赴任してから,院内の約30の診療科部門にアンケートを行ったところ,8割を超える部署でFileMakerが導入されていることがわかり大きな力を得ました。
FileMakerで構築しているのは,「深部静脈血栓症リスク評価(図2)」,「がん登録システム」,「地域連携予約システム」など50以上のデータベースファイルです。電子カルテからは病名,患者情報,検査結果などのデータを逐次(3~6分)更新して,FileMaker側のマスターDBに書き込みます。FileMakerの各DBからはこのマスターを参照することで,ほぼリアルタイムで最新の情報を利用することができます。
さらに,FileMakerで作成したファイルから電子カルテへのデータの書き込みも実現しています。電子カルテのデータはXML形式ですが,FileMakerで入力された情報で電子カルテに反映が必要なデータは,いったんXMLで書き出し富士通のXML書き込み用アプリケーションをキックして電子カルテにデータを書き込みます。1度XMLで書き出したものを電子カルテに書き込むことで,電子カルテ側で安全性を担保した上でデータ管理ができます。
そのために,ユーザーの認証管理は,指紋認証で電子カルテに一元化し,File Makerの起動は電子カルテからしかできない設定になっています。FileMakerはあくまでドキュメント・ジェネレータに特化して,情報の真正性の確保や安全管理などは電子カルテに任せています。

図2 DVT/PEリスク票

図2 DVT/PEリスク票

 

●“三層構造”の電子カルテが医療の多様性に対応可能なシステムを構成

図3 3層構造のシステム構成

図3 3層構造のシステム構成

私は,“三層構造”の電子カルテを提唱してきました(図3)。最下層(人事・労務・物流・経営管理など病院運営の基幹を支える運営管理システム),中間層(オーダリングを主体とする情報連携層),最上層(医学知識の管理を行う,真の意味での電子カルテ)の構成です。こうすることで,最下層は業務システムとして診療報酬という同じ枠組みの中で動いている医療業界では共通の1つのシステムで十分ですし,中間層はオーダリングや法令に則った電子保存・管理を行うシステムとして,ベンダーごとの特色はあっても多くのバリエーションは必要ありません。
最上層である臨床判断支援,知識データベースには,無数のパターンが必要であり,この部分を自作システムで,ユーザーが自由にカスタマイズできれば,医療環境変化,制度変更に迅速かつ低コストで対応できます。そこで,最下層と中間層を大手ベンダー製の基幹システムで構築し,ユーザーインターフェイスを含めた医学情報の作成,入力の部分をFileMakerによるユーザーメードのシステムにしました。
大手ベンダーによる電子カルテが一般ユーザーの満足が得られないのは,医療の多様性や変化の激しい環境に対応できないからです。その部分を埋めてユーザー開放型のシステム構築を推し進めるのに最適なツールがFileMakerだということです。

●“ユーザーメード”を発展させるための研究会「J-SUMMITS」を発足

ユーザーメードシステムの課題は,ベンダー製のシステムとの連携とシステムの構築や管理を個人に依存してしまうことです。ベンダーとの連携については,われわれの施設をはじめ大手各社との接続実績ができつつあります。これは,三層構造からもわかるように,フロントエンドまでを大きなシステムでカバーすることの限界が明らかになってきているからです。
ユーザーメードが成功するためのもう1つの要因は,病院側の理解です。医師や医療スタッフが自らシステム構築を行うメリットを,病院側が正しく理解すれば病院経営的にも大きなメリットがあるはずです。前任の病院では,私が異動した後も事務長をはじめスタッフがシステムを発展させてくれています。さらに,同じ志を持つ仲間がいれば心強いですし,情報を共有することで精度が上がります。名大病院のアンケートの結果でもわかるように,意外と近くにユーザーがいるものです。それを大きく発展させるために立ち上げたのが「日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)」です。
名大病院では,2012年に次のシステム更新が行われますが,「賢い電子カルテ」の構築をめざしています。ユーザーメードのDBで入力・蓄積された価値のある診療データをエビデンスとして,診療支援に役立つような本当の意味での電子カルテを構築することが次の目標です。

 

 

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In-Side column

‘自作’に取り組むユーザーを支援するJ-SUMMITS
(日本ユーザーメード医療IT研究会:Japanese Society for User-Made Medical IT System)

J-SUMMITSのロゴ

J-SUMMITSのロゴ

日本ユーザーメード医療IT研究会 (以下,J-SUMMITS)は,「医療者自らの手で業務に使用するITシステムを構築する活動の普及,促進を図る」ことなどを目的として,吉田氏を代表として2008年に発足した。
「日本クリニカルパス学会のメーリングリストで,FileMakerによる自作の診療支援システムの話題を発信していたことが,2004年に仙台で行われた学会で全国の“FileMakerの達人”による自作システムのデモ展示につながりました。クリニカルパス学会を母体に,この時に集まったメンバーを中心に『CPツールプロジェクト』として,イベントや学会発表などを行ってきましたが,ユーザーメードのさらなる発展をめざしてオープンな活動を展開するために立ち上がったのがJ-SUMMITSです」
第1回の研究会を2009年12月に開催したほか,「J-SUMMITS Site Visits」と名付けた病院事例見学会を定期的に開催している(2009年3回,2010年は5月に山陰労災病院で開催)。ユーザーメードは,市販のアプリケーションソフトウエアによる自作システムの構築だが,8割以上がFileMakerのユーザーだという。
「J-SUMMITSは,ユーザー同士の交流を図り,医療者自らが構築するITシステムの普及を図り,医療の質を高め,真に医療者に役立つITをめざすことが目的です。自作システムが成功するには,病院の理解を得ることと院内に仲間を増やすことが欠かせません。J-SUMMITSは,ユーザーメードのシステム開発を指向する目標を持った同志の活動をサポートし,さらに広い領域で発展させていくことが目標です」

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03-4345-3333(平日 10:00〜17:30)

名古屋大学医学部附属病院
名古屋市昭和区鶴舞65
TEL 052-741-2111
病床数:1035
FileMaker Server Advanced:1台
FileMaker Pro:1000クライアント
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/hospital/


(インナービジョン2010年7月号 別冊付録 ITvision No.21より転載)
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