日本発の内視鏡AIに取り組むAIメディカルサービスの開発を支える先進の技術とパートナーシップ
最先端のGPUから万全のサポート体制まで高い品質とサービスで医療AIの現場を支援
内視鏡医療の課題を解決するAI テクノロジー最前線 Part 2
2020-8-3
パートナーシップで日本発の内視鏡AI開発をサポート
現在,内視鏡医療の課題を解決するツールとして,(株)AIメディカルサービスが開発中の内視鏡人工知能(AI)ソフトウエアの実現に期待が寄せられています。同社で進行中のプロジェクトには,(株)日本HPのワークステーション(WS)「HP Z4 G4 Workstation」にNVIDIAのGPU(graphics processing unit)「Quadro RTX 4000」を搭載したシステムが使用され,両社の販売代理店である菱洋エレクトロ(株)がサポートを行っています。Part1(2020年7月号掲載)に続き,今回は,最先端のメディカルAIの開発と,それを支える最新技術について,各社の担当者に紹介していただきました。
出席者
株式会社AIメディカルサービス
多田 智裕 氏(代表取締役CEO, ただともひろ胃腸科肛門科 理事長)
伊與田正晃 氏(製品開発部門 ディビジョンマネージャー)
青野 博之 氏(研究開発部門 AIモデルチームマネージャー)
エヌビディア
山田 泰永 氏(エンタープライズ事業部 シニアマネージャー)
菱洋エレクトロ株式会社
青木 良行 氏(ソリューション事業本部 副事業本部長)
株式会社日本HP
小島 順 氏(ワークステーションビジネス本部 専任本部長)
●AIメディカルサービスの取り組み
内視鏡AIソフトウエアの薬機法申請を2020年内に予定
小島:最初にAIメディカルサービスで開発中のソリューションについてご紹介ください。
多田:AIメディカルサービスは,がん研有明病院や大阪国際がんセンター,東京大学病院など,国内100施設以上のデータを基に,内視鏡AIソフトウエア開発を行っています。私たちは,1つの領域に限定せず,胃がん,食道がん,大腸内視鏡やカプセル内視鏡など,消化管を対象とした研究開発を行っており,これまでに胃がんをはじめとする内視鏡AIやカプセル内視鏡AIなどに関する研究論文を,世界のトップクラスの医学雑誌に20本以上発表しています。
小島:内視鏡AIでは,どのようなことが可能なのでしょうか。
多田:AIによる画像認識には,大別して「何が」「どこに」あるのかを示す“detection”と,「その画像が何なのか」のカテゴリ分けを行う“classification”があります。detectionでは胃がんの拾い上げなどが可能で,それによって見逃し防止や二次読影時間の短縮効果が期待されます。前回もお話ししたように,早期胃がんの見逃しは5〜26%程度という報告がありますが1),開発中の内視鏡AIは,専門医を上回る精度で病変の検出が可能です。また,カプセル内視鏡は1症例あたり4万〜8万枚の画像が撮影される一方で,異常病変は少数枚の画像にしか写っていない可能性があり,読影負担が大きいことが課題です2)〜4)。しかし,私たちの研究では,AIによる検出後に内視鏡医が読影した場合,内視鏡医が単独で読影した場合に比べ,読影時間が約1/4に低減することが示されました。もう一つのclassificationは,ピロリ菌感染の有無の鑑別や,潰瘍性大腸炎の重症度を示すMayoスコアの判別などが行えます。ピロリ菌感染については,AIが医師の平均を上回る精度で鑑別することが可能です5)。
伊與田:これらの研究を基に,AIメディカルサービスでは,現在,主に“胃がん検出支援システム(胃がん検出支援)”“胃がん鑑別支援システム(胃がん鑑別支援)”“二次読影支援システム(二次読影支援)”の3つの製品プロジェクトが進行中です。
“胃がん検出支援”は,内視鏡検査中にリアルタイムで病変を検知し,胃がんの見逃しを防止する診断支援システムです。システムは非常にシンプルで,内視鏡システムから得られた映像出力を取り込み,AIで解析した結果を,モニタ上にリアルタイムで表示します。映像上で病変をマーキングして,またスコア(確信度)を表示することで,胃がんの検出精度向上に加え,検査の効率化によって,医師と患者双方の負荷を低減させることが可能です。現在の課題は,ユーザビリティやリアルタイム性,検出性能などです。ユーザビリティについては,検査中に医師の集中力を削がないよう,視線移動を極力少なくすることが必要です。また,検出性能については,高感度であることは必須であり,その上で特異度をいかに向上させられるかがカギだと考えています。
“胃がん鑑別支援”はsecond read型のシステムです。“胃がん検出支援”は,医師が気付く前にAIが病変を検出する仕組みですが,“胃がん鑑別支援”は検査中に医師が発見した病変に対してAIが鑑別を行うという形で支援し,最終的な胃がんの発見精度の向上をめざします。システムは“胃がん検出支援”と同様に,内視鏡システムに標準の映像端子でAIソフトウエアを搭載した汎用WSを接続するだけです。鑑別指示を行うと,モニタ上に,シンプルに結果が表示されます。課題も“胃がん検出支援”と共通するものが多いのですが,“胃がん鑑別支援”のような鑑別機能に特徴的なものとして,結果をより明確に提示することで,最終的な医師の判断が悪い方に転じてしまう「暗転リスク」を考慮する必要があります。そのような意味では,“胃がん鑑別支援”はAIの実力が真に問われる製品だと言えるのかもしれません。
最後の“二次読影支援”は,非リアルタイムのSaaS型胃がん検出支援サービスで,二次読影時の胃がん検出精度の向上と読影負荷の軽減をめざしています。クラウド上にアップされた検査データをAIが解析し,遠隔の二次読影施設で,AIの解析結果を見ながらダブルチェックできます。実際の運用では,画像の効率的なアップロード方法や,タブレットやスマートフォンの活用も検討していきます。一方で,クラウド利用のため,個人情報の取り扱いなどセキュリティ面が課題です。また,海外展開の際には,国ごとに異なる法規制への対応も必要でしょう。
小島:最も製品化に近いのは,どのプロジェクトでしょうか?
伊與田:“胃がん鑑別支援”ですね。“胃がん鑑別支援”は,2020年中の薬機法申請をめざしています。
●AIメディカルサービス×NVIDIA
AI開発で重要な役割を担う最先端のGPUを開発
小島:AIシステムの開発には,大量データの演算処理が可能なGPUや,堅牢で信頼性の高いWSが求められます。AIメディカルサービスのシステムには,NVIDIAのGPUを搭載したHPのWSを採用いただいています。AIメディカルサービスは,NVIDIAが主宰するスタートアップ企業を対象とした「Inception Award」というコンテストで,2018年に最優秀賞を受賞するなど,NVIDIAとAIメディカルサービスは深いつながりがあるとうかがっています。まず,NVIDIAについてご説明いただけますか。
山田:NVIDIAは,元々ゲーム向けPCのグラフィックスプロセッサの開発から出発した会社です。プロフェッショナル向けのグラフィックスに対応する,高速演算処理が可能なGPUを開発し,最近では医療機器や自動運転装置に搭載するAIに活用されるなど,領域を拡大しています。
GPUは,高速演算を行う半導体チップ(プロセッサ)ですが,コアの数が数十個のCPUに対し,数千個のコアで構成されているため,圧倒的に効率良く計算処理が可能です。ディープラーニングやビッグデータ解析では,大量データの単純計算を繰り返す必要があることから,GPUが非常に適しています。それに加えて,NVIDIAでは主要なフレームワークや標準的なソフトウエアを支援することで,GPUの開発環境を充実させるエコシステムづくりに取り組んできました。それによって,フレームワークを問わず,GPU を追加するだけで計算速度を高速化させることが可能になり,ディープラーニングではNVIDIAのGPUが事実上の標準環境として使用されています。
小島:医療分野では,GPUはどのように活用されているのでしょうか。
山田:医療分野では,GPUはCTやMRI,超音波診断装置の画像処理エンジンに採用され,臨床現場で活用されています。さらに,創薬や手術ロボット,ウエアラブルセンシングなど未病・先制医療領域,ゲノム解析などでも活用が期待できます。また,研究開発に専念できる環境を提供することを目的に,画像診断支援の分野での汎用的な基盤として,「Clara AI SDK」などのツール群を提供しています。
GPUは,放射線画像系で多く使われていますが,次に期待している分野が内視鏡です。CTやMRIはデータ量は多くても診断支援に使われるのは静止画です。一方で,内視鏡は手元で操作しながら,得られた映像をリアルタイムで処理して認識や診断を行うという,非常に高い処理能力が求められます。そこに,大量のデータの計算をひたすら繰り返すというGPUの適性がマッチするのではないかと考えています。
今回,AIメディカルサービスの製品に採用される予定の「Quadro RTX 4000」は,Tensor Coreと呼ばれる4×4行列の積和演算処理を1クロックで行う高い演算能力を持ったGPUです。これによって,AI推論に必要な高速な計算処理を,低レイテンシ(データ転送要求から実際にデータが送られてくるまでの時間)で行うことができます。AIメディカルサービスで開発中の内視鏡AIにおいても,実際の検査環境で高速で追随性の高い結果が反映できるのと同時に,性能に余裕があることで新たな機能の追加などに貢献できると考えています。
さらに,Quadroは高品質かつ長期の安定稼働を想定した設計を行っており,このGPUを含めて実際にWSとして提供していただくHP,菱洋エレクトロ両社のサポート体制を含めて長期のサポートが行えることも大きなポイントです。
小島:AIメディカルサービスとしてGPUに求めるのはどのような点でしょうか。
青野:“胃がん検出支援”は,検出枠をリアルタイムに提示し続けるため,GPUに高い性能が求められます。“胃がん鑑別支援”は,医師が鑑別指示を出した後,1秒以内程度で結果が出ればよいので,GPUのリアルタイム性は“胃がん検出支援”ほど必要ありません。しかし,AIのアルゴリズムは日々進化しています。そのため,現在は問題がないとしても,モデルの複雑化に対応できるよう,最新のGPU を使い続けていきたいと考えています。
多田:内視鏡画像は,インターレースで1秒間に60枚撮影されます。リアルタイムで解析するには,1枚あたり0.02秒程度の解析スピードが求められます。AIの精度を追究するにつれて,求められる解析性能もさらに高くなってきていると言えますね。
●AIメディカルサービス×菱洋エレクトロ
豊富な導入経験とサービスで内視鏡AI実現を支援
小島:続いて,HP,NVIDIAの販売代理店の菱洋エレクトロから,医療現場でのGPUのニーズなどについておうかがいします。
青木:菱洋エレクトロは,半導体とICTの2つを事業基盤としてIoTビジネスなども含めたサービスを提供するエレクトロニクスの専門商社です。医療分野については以前からお客様が多く,医療専門の部門を設けて対応していますが,そのきっかけとなったのが1986年から取り扱いを開始したHP製品です。製造業や医療分野で組み込みビジネスを中心にHP製品の取り扱いが拡大したことから,専任販売組織を設けて営業から技術,マーケティングまで対応しています。中でも医療向けではCTやMRIなどの画像診断装置,PACSのサーバや読影用端末などを中心にビジネスを展開してきました。医療のお客様ならではの信頼性の担保や各種法規制への対応など,通常よりも厳しい環境や要望に応えるため,PCやWSのキッティングやアプリケーションインストール,動作確認など医療分野に合わせたサービスを提供しています。
一方,NVIDIA製品については,2005年から取り扱いを開始,2012年からは「Tesla」やQuadroといったグラフィックスカードの取り扱いを始めるなど,GPUコンピューティングにいち早く注力してきました。というのも,HP製品を取り扱う中で,CTなどの画像診断領域で,大量の画像データを処理するためにGPUのパワーが必要とされることを実感していたからです。現在,ミドルレンジ以上のCTのほとんどにNVIDIAのGPUが使用されていますが,日本国内の多くは当社がサポートしています。医療機器,特にCTなどの検査装置は,万一システムに不具合が生じると大きな問題となります。そのため,当社でグラフィックカードを1枚ずつ動作検証し,ファームウエアの設定や負荷試験まで行った上で納品しています。
小島:AI 領域への展開と今後の展望を教えてください。
青木:2014年ころから,NVIDIAのGPUがディープラーニングなどのAIへ活用されるようになったのに合わせて,われわれも画像認識をはじめとするAI領域に注力しています。その中でもNVIDIA製品に関しては,メディカルグループを組織して対応できる体制を取っています。これまでは,画像処理を中心にGPUやWSの提案を行ってきましたが,今後はAIが主流になっていくと考えています。その中で,海外メーカーがシェアを握るCTやMRIに比べて,日本メーカーが中心となって世界をリードしている内視鏡医療の領域ならば,日本発のAI をつくることも可能ではないかと考えていました。今回,AIメディカルサービスの取り組みを知り,ぜひ支援させていただきたいと考え,2019年9月には資本参加の形で提携しました。HPとNVIDIAの両方の販売代理店として,内視鏡AIの開発や製品展開に必要な最適なハードウエアを提供すると同時に,われわれのこれまでの医療業界での導入経験を生かして,これからの製品開発をサポートできるように,さまざまな側面で支援していきたいと考えています。
●AIメディカルサービス×日本HP
高品質のWSと万全のサポート体制で医療を支える
小島:最後にHPの医療分野での取り組みについて紹介します。当社は,2007年ころから医療分野を重要領域に位置づけて,顧客開拓をスタートしました。医療分野では,高性能で,信頼性の高いWSが必要とされることが多く,その点でHPのハードウエアがマッチしたと言えます。東京に製造拠点を置いていることから,製造のリードタイムを短くできること,さらに医療分野では同じモデルを継続して使用したいというご希望が多く,長期供給が可能という点も,当社のWS を選択していただいているポイントです。また,WSの名称を「HP Z Workstation」に変更した際に,日本での標準保証については365日オンサイト修理を可能にしました。土曜日にも診療をされている施設も多く,日曜日に修理してほしいというようなニーズに対応したものです。
また,画像診断領域に拡大する中で,医療用モニタの各ベンダーとの接続検証やサポート協調体制を整備したり,専任の営業やマーケティング,エンジニアが医療チームとして最新の技術情報などを提供したり,薬機法申請支援なども行うなど,組み込みニーズに合わせた体制やサービスを提供してきました。その甲斐もあって,現在では,三次元画像診断領域では大手の医療機器メーカーのほぼすべてに,弊社のWSが採用されています。
今後は,大きな進展が期待される医療AI領域でも,同様にHPのWS を使用していただけるよう取り組んでいきたいと考えています。AIメディカルサービスの内視鏡AIは,日本発の技術として,今後,ワールドワイドの展開も期待されますが,グローバルビジネスをサポートできるのも,弊社の強みの一つです。全世界で供給が可能なほか,海外でも翌営業日に保守可能なグローバルワランティを提供しています。また,HPのWSでは,リモートアクセスで外部のPCからWSのパワーを利用できる“ZCentral Remote Boost”なども提供しています。新型コロナウイルス感染症の影響でリモートでのタスクも増えてきていますので,こういったソリューションも利用いただけると思います。
●メディカルAI×未来
医療の現場のニーズを反映して最適なAI技術を継続して提供
小島:最後に改めて,内視鏡AIソフトウエアの実現に向けた展望などをお聞かせください。
多田:現在の画像認識AIは,すでに専門医並みの精度が得られています。ですから,実際に臨床現場で使えるかどうかは,安定性やパッケージとしてのサポート体制といった,全体的な使用感にかかっているのではないかと思います。その点で不備があれば,仮に先行して製品化できたとしても,現場では使用されないこともあり得ます。それを回避するためには,臨床現場で困っていることなどを拾い上げ,フィードバックしていくことが重要です。私たちは,100以上の医療施設と共同で研究開発を行っており,私自身も内視鏡医師です。そこから現場のニーズをキャッチし,改良,改善を続けていきたいと考えています。
小島:本日は,ありがとうございました。
●参考文献
1)Hosokawa, O., Hattori, M., Douden, K., et al., Hepatogastroenterology, 54(74) : 442-444, 2007.
2)Aoki, T., Yamada, A., Aoyama, K., et al., Gastrointest. Endosc., 89(2) : 357-363, 2019.
3)Tsuboi, A., Oka, S., Aoyama, K., et al., Dig. Endosc., 32(3):382-390, 2020.
4)Aoki, T., Yamada, A., Kato, Y., et al., J. Gastroenterol. Hepatol., 35(7): 1196-1200, 2020.
5)Shichijo, S., Nomura, S., Aoyama, K., et al., EBioMedicine., 25 : 106-111, 2017.
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